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寒風吹く中  「はとバス `O Sola mio」  (東京都)




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東京23区旅をした3日目 2月21日。
「はとバス」に乗りたいとは、オフコース・小田和正さんのコンサートのために東京へ行きはじめた頃から思っていました。
東京タワーへ行った2017年 乗り降り自由のSKY BUSの存在も知りました。
時間的にうまく調整が出来ず、1時間コースを選択。

はとバスの `O Sola mio です。
真冬の事、もしかすると天井は締めて走るのかもしれないと思っていましたが、やはりこんな状態です。

乗車時にカイロが配られました。
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ガイドさんからは、「寒い時期ですが、みなさんそれを知って乗車されているので、お楽しみください」とユーモアを交えての案内がありました(笑)

[ 2019/04/26 17:00 ] ---まちあるき--- 東京都 | TB(0) | CM(2)

「伝統のオムライス “資生堂パーラー” 」  (東京都千代田区)

「東京銀座資生堂」 子供の頃、CMで耳慣れてきた響き。
女性が綺麗になれる化粧品のお店。。という意識で耳にしていました。
化粧品として最高のイメージは私の中では今でも変わらず、憧れの響きです。
そして「資生堂パーラー」 起源は東京・銀座の資生堂薬局(当時)内に開設された「資生堂ソーダファウンテン」。
当時の日本ではまだ珍しかったアイスクリームやソーダ水を提供していました。

資生堂パーラーの、洋菓子のお店は大津の西武にもあり 八角形の缶に入った花椿クッキーをお使い物にする事もしばしば。私自身もその缶を手に入れたいのですが、自身ではなかなかというのが現実。(値段は張らないのですが)

そんな資生堂パーラーレストランが、KITTEにありました。

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[ 2019/04/25 17:00 ] ---まちあるき--- 東京都 | TB(0) | CM(0)

JPタワー・KITTE  (東京都千代田区)


 丸の内駅舎前にある重厚な東京中央郵便局は知っていたし、建替のために一時期移転していて主のいない建物となっている様子を見た記憶があります。 (という事は、その頃に一度東京駅で下車したのかもしれません。)

建替反対運動が盛んだった時、私も勿論反対者の一人ではありました。
それでも、その後どうなったから知らない等というのは、近代建築から心が離れ、鉄道へと移っていったからでしょうか。


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丸の内駅舎前でこの建物を見た時、郵便局が残ったんだと、感動しました。

東京中央郵便局は昭和6年(1931)年の竣工です。

[ 2019/04/24 17:00 ] ---まちあるき--- 東京都 | TB(0) | CM(2)

「東京駅丸の内駅舎」① (東京都千代田区)

 鉄道好き 〇〇鉄 ◇◇鉄 等と分類してしまう傾向がありますが、私の知る限りたいていの鉄道ファンは総合的に鉄道関連の物には興味があります。ただ、特に何に惹かれるかと問われれば三者三様でょう。
私の場合は 特に「駅」 それも構造的なものでなく情緒的なものに目がいきます。

 今まで多くの駅を訪れてきましたが、日本の大ターミナル駅「東京駅」がまだでした。
東京駅からは乗り換えなしで実に33都道府県と結ばれていて、プラットホームの数日本で1番多い駅です。

 鉄道旅をするようてになって東京駅で乗り換えた事は何度もあるのですが、途中下車をする機会がありませんでした。

オフコースの小田和正さんのファンで足しげく関東にかょっていた時、丸の内駅舎側を歩いた事は何度もありましたが、当時はフェンスがあちこちにあり工事中だった記憶があります。
1980年代後半から1990年代前半。丸の内駅舎の復元工事はまだ始まっていませんでしたから、駅前整備の時期ぢったでしょうか?


 さて、東京23区旅の三日目。朝早く東京駅に降り立ち、丸の内駅舎を見る事にしました。(帰途につく直前にも歩きましたのでその時の写真も含めています。)


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それにしても、とにかく大きいのです。
全長335メート。
東京駅と皇居とを真っすぐ結ぶ行幸通り。 ずっとずっと、引いてこんな感じの写真です。


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駅前風景。
人の往来は多いものの、圧迫感がないのでゆったりとしています。







JR東日本 山手線 「渋谷駅」  (東京都渋谷区)

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忠犬ハチ公

写真を撮ろうとしたら行列でした。
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JR東日本 中央本線 <御茶ノ水駅>  (東京都千代田区)

「御茶ノ水駅」
所属路線は、中央本線と総武本線となっています。過去にも所属路線がいくつもある駅の記事を書いてきましたが、基本 その旅で自分がどの路線を利用して旅しているかを基本に分類しています。

 さてこの御茶ノ水駅。私が訪れた時工事中でしたが、これは単純に東京五輪の準備としてのものでなく、過去に紆余曲折があります。そして現在のバリアフリー化工事も、広範囲に渡る地中埋設物の処理の影響で当初の計画よりも完成が遅れていました。
正確に説明するのが難しいのでウィキペディア等でご確認ください。

 駅舎は昭和7年(1932年)当初からのものです。


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JR東日本 中央本線 「旧万世橋駅 2013プラットホーム」“世界で最も電車に近いカフェ” <マーチエキュート神田万世橋> (東京都千代田区)


1912年(明治45年)4月の万世橋駅の開業時は、近距離電車用の南側ホームと、長距離列車用の北側ホームの2面のホームがありました。しかし、御茶ノ水~飯田町間の複々線開業と同時に北側のホームは撤去され電車留置線となりました。その後、交通博物館開館時には一部階段が撤去、新設され、駅休止後、上屋などは撤去されましたが、ホーム自体は撤去されず残されていました。今回、このホーム上を『2013プラットホーム』として整備し、デッキやカフェとしてよみがえりました。


「旧万世橋駅 - 東日本鉄道文化財団」より抜粋


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JR東日本 中央本線 「旧万世橋駅 1912階段」 <マーチエキュート神田万世橋> 」 (東京都千代田区)


「旧万せ橋駅 1912階段」

1912年(明治45年)4月、万世橋駅開業の時に作られた階段です。1936年(昭和11年)4月の鉄道博物館(後の交通博物館)開館後は、ホームから博物館に直接入館できる特別来館口として使われ、交通博物館時代は一部が休憩室として活用されていました。階段は、厚い花崗岩や稲田石を削りだした重厚なもので、壁面のタイルも、東京駅のレンガなどに見られる「※覆輪目地(ふくりんめじ)」という、高級な施工がされているのも特徴です。

1943年(昭和18年)に駅が休止してからは公にされることはなく、この度70年ぶりに公開されました。


「旧万世橋駅 - 東日本鉄道文化財団」より抜粋





マーチエキュート神田万せ橋はお洒落なお店が集まっている場所で、エスカレータ設備もあるのですが、当時の階段が使用できる状態で公開されています。



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薄暗さが、その歴史わ感じさせてくれます。


JR東日本 中央本線 「旧万世橋駅 <マーチエキュート神田万世橋> 」 (東京都千代田区)


 かつて、中央線の神田~御茶ノ水間に、明治45(1912)年に開業した「万世橋駅」がありました。
 駅舎は東京駅と同様に辰野金吾の設計による赤煉瓦造りで 一等・二等待合室、食堂、バー、会議室等を備え、貨物用のエレベーターも整備されていました。東京市電が走り、多くの人で賑わい大正時代半ば最盛期を迎えていました。
 
 中央本線のターミナルとしてだけでなく、ここから両国駅方面への総武線の敷設計画をも見据えたものでしたが、大正8年(1949年)東京駅が完成。中央本線の起終点としての役目は7年で終える事となりました。

 さらに大正12年(1923年)関東大震災により駅舎喪失後、簡素な駅舎に建替えられ、さらに新駅・新路線が出来、市電が走らなくなった事などで、旅客は激減。 簡素な駅舎も解体、博物館に併設された小屋となり、昭和18年(1943年)駅は、休止となり、博物館部分をのぞいて取り壊されてしまいました。

 駅舎の一部は交通博物館に転用されていましたが、、平成18年(2006年)5月14日に閉鎖され、平成20年2(2010年)(平成22年)全て取り壊されました。




駅舎は解体されましたが、赤レンガの万世橋高架橋の中に、ホームや階段など、駅の施設が一部残っていました。

平成25年(2013年)残された旧万世橋駅の遺構を利用して、「マーチエキュート神田万世橋」がオープンしました。




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旧新橋停車場 (東京都港区)

 新橋駅から歩いて5分のところに「旧新橋停車場」があります。

明治5年(1872) 新橋-横浜が開通。日本最初のターミナル駅新橋停車場。
大正3年(1914) 新設の東京駅に旅客ターミナルの機能が移り、それまでの鳥森駅が新橋の名前を引き継いで現在の新橋駅となり、旧駅は汐留駅と改称、貨物専用駅となります。
大正12年(1923)関東大震災にと旧駅消失。
昭和61年(1986)汐留駅は廃止。
跡地の再開発工事に先立つ埋蔵文化財の発掘調査により旧新橋停車場駅舎とプラットホームなど構内の諸施設の礎石が発掘されました。
実物は現存しませんが、復元駅舎が、その真上に建設されました。


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ビルの谷間にあり、前には大きな道路。 なかなか全景をカメラに収めることができませんでした。




復元駅舎の玄関前に見学窓があります。

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中を覗き込むと、それらしきを見る事ができます。
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[ 2019/04/09 17:00 ] ---まちあるき--- 東京都 | TB(0) | CM(2)

JR東日本 「新橋駅」 (東京都港区)



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映像や画像、音や文字でしか見た事のない場所に自分が立っている。
それに触れる機会が多い場所ほど、感動は大きいものです。
本当に自分はそんな場所にいるのだろうか、信じられない
現実に存在している事が嘘のように思えるものでてす。

新橋は始めて下車した駅。

JR東日本 山手線 「原宿駅」  (東京都渋谷区)

 
 2年前、出雲市駅から東京駅までサンライズに乗車した後、建替の情報がある原宿駅へ行きました。
→ JR東日本 山手線「原宿駅」 (東京都渋谷区)


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工事中の雑然さはありましたが、同じ姿がありました。

いろいろな情報がありますが、いつまでもこの姿は残っていて欲しいものです。



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両国プラレール駅 (東京都台東区)



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 慌ただしく旅の計画を立てた時に気になったのは「両国プラレール駅」

 プラレールの路線があって、いくつかの駅があるわけではありません。
「両国駅前でのプラレール博のようなもの」と思っていました。

両国駅を訪れたのは9時半位だったでしょうか。
11時からの開場には時間がありすぎたので、他を回ってから15時頃に再び戻って来て、訪れました。


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[ 2019/04/06 17:00 ] ---まちあるき--- 東京都 | TB(0) | CM(0)

JR東日本 総武本線 「隅田川橋梁」 (東京都台東区)

昭和7年(1932)開通
 JR浅草橋駅とJR両国駅の間にある隅田川に架かる橋長172mの鉄橋 日本では最初のランガー桁(桁とアーチの双方で荷重を支える補剛アーチ形式)の鉄橋。


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隅田川橋梁は、ここから近いなぁ。。と 案内地図を見て歩きました。



JR東日本 総武本線「両国駅」 界隈  (東京都台東区)


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真ん中の緑の屋根の建物が、両国国技館。右に少し見えているのが両国駅。 左端にスカイツリー。 スカイツリーは今回が始めて目にしました。





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[ 2019/04/04 17:00 ] ---まちあるき--- 東京都 | TB(0) | CM(2)

JR東日本 総武本線 「両国駅」 (東京都墨田区)

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両国駅で下車すると、目の前にお相撲さん。
さすが、両国、駅風景にも馴染んでいます。

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昭和4年(1929年)建築。

JR東日本・東京メトロ 「上野駅」 (東京都台東区)

「うえの~ うえの~」
昭和の頃の映画やドラマには、のんびりした男性の声でのそんなアナウンスとともに、東北地方から上京した人たちが上野駅に降り立つシーンが多くありました。
 上野駅の姿に魅力を感じたのはやはり、15年程前。全国の駅舎の写真を見るのが好きだった頃です。
 上野駅下車ははじめてでなくちょうど10年前。下車して、上野公園、アマ横、浅草寺を訪れました。
あの時の方が、もっとのんびりした雰囲気だったような気がするのは、時代の流れか、改装された事によるものか、自身の感性の変化なのか。。

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JR東日本 京浜東北線・山手線 「鶯谷駅」 (東京都台東区)


東京23区フリー切符で最初に下車したのは「鶯谷駅」
古い駅舎に惹かれはじめた15年位前から、写真を見てずっと行きたいと思っていた駅でした。

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JR東日本 常磐線「金町駅」 (東京都葛飾区)

 右往左往になりますが、再び、今年2月に突然訪れた「東京」の記事に戻ります。


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京成電鉄金町線「京成金町駅」改札口の前は、JRの「常磐線」 金町駅です。
直接つながっていないものの、この距離なら荒天でさえなければ、外の空気に触れられるので、かえっていいのではないかと思います。

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京成電鉄金町線 “人車鉄道がはじまり” (東京都葛飾区)

 東京の鉄道網は、まったくわかってなくて、また突然にすべての路線網を頭に入れると混乱するので、柴又へ行くための京成電鉄だけを頭に入れていました。
 日暮里から京成電鉄本線で高砂駅。高砂駅で金町線乗換。
ホームの変わる乗換だと思っていたら、一旦改札を出るようになっていました。

これは何かある。 本線とは性格の違う何かがある。歴史の違う何かがある。
柴又を目指すための経路でしかなかった、金町線乗換でしたが、ここで「鉄道好き」の血が騒ぎます。


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カメラも出していなかったのけど、慌てて歩きながらシャッターを切りました。

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こちら翌日の夕方です。
ブレてます。

東京というところは、多くの人が暮らす場所で観光地としての性格はあまりない地域です。 “雑踏で写真を撮る” という行為は許されていないような印象を受けました。

関西では、どこでも撮影オッケーのような風潮がある思うのは、自身が関西人であるという甘えからでしょうか?