「永源寺」と言えば、滋賀県で一番有名な紅葉の名所。 でも。。 2月となれば訪れる人は殆どいないでしょう。 
どれだけ歩くとお寺に着くのだろう?と不安な気持ちで石橋を渡り石段を登れば左手の岩肌。 よく見れば十六羅漢様。    冷たい空気がさらに張り詰めた空気になります。  参拝者があるかどうかわからないような2月の平日だけど、きっと早くから雪をのけて、歩きやすいようにしてくださったんでしょう。 石段の両脇に盛り上がった雪に、お寺の心が見えます。       禅寺に「威風堂々」を感じます。 端正な佇まい、凜とした空気。  寒い中お掃除されていた方は、きちんと挨拶をして下さいました。   一軒だけあいていた、駐車場前のお店。 「寒かったやろう、まあ休んで行き」とお茶を入れて下さいました。 赤こんにゃくと、ふきのとう味噌を購入しました。。 滋賀県に生まれ育ちながら、訪れたのは今回が始めて。 紅葉の下の永源寺も素晴らしく美しいでしょうが、だぁれもいない雪の永源寺も格別でした。
「2月は逃げる」と言いますが、2月は残り一週間。 来客有、外出有、残業有、雪有。。。。。て何かと忙しくしていて、ここ数日はパソコンにもゆっくり向かう時間がなく、いろいろ手を広げてるから(?)忙しいのか、要領が悪いのか。。。 コメントレスも遅れがち、みなさんのブログにもお邪魔できずにすみません。。 「まちづくり大津」の方に、「三井寺・別所」の記事を書いているので、ご覧くださいませ。 「おさんぽしながら歴史発見!! 知られざる三井寺・別所の遺跡めぐり」
元旦、例年通り、父方のお墓参を従兄弟と済ませた後、近くの神社に一人初詣に行ってきました。 北国海道起点、札の辻~二つ目の角を歩いていると左手に見える鳥居と、朱の楼門。 (過去記事 北国海道 札の辻起点 ~二つ目の角)「長等神社」
その右手にひっそりとあるのが「馬神神社」です。  ひっそり? 今年は午年という事でなのか案内板が新調されていました。  東海道の宿場町、北国との湖上交通の物資の集積地という機能を持った大津には、馬が多く配されていましたが、馬の疫病が大流行。その疫病を鎮めるため、札の辻の馬会所裏に建てられたのが「馬神神社」。 1910年 現在地に移転されました。 ご興味がある方は、参考記事を是非ご覧ください。 → ふるさと昔語り 「馬神神社」 (京都新聞)→ 2014年の干支「午」を奉る馬神神社で初詣 (滋賀ガイド)   明日から、皆さんも世の中も「日常」に戻ります。。 娘家族に囲まれ、賑やかなお正月でしたが、のんびり時間にはテレビ。。テレビをのんびり観るのもいいよなぁ。。 相棒とか、鉄道関係、硬派なものがいい、「相棒」をレンタルして全部観るのもいいなぁ。 でも、やっぱり鉄道旅もしたいし、地元発掘旅もしたいし、街道歩きもしたいし。。。と 思いは膨らみ。。。 またそんな「思い」に押されながら 毎日 忙しく過ごしてしまうんだろうなぁって。。 今年もみなさん幸せでありますように。。 またよろしくおつきあい願います。
みなさま、あけましておめでとうございます。 よき新春をお迎えのことと、お喜び申し上げます。 今年も元気いっぱい公私共に頑張ろうと思っています。 またよろしくおつきあい願います♪ <山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー>「白兎神社」 卯年でないのが残念ですが、「山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー」リポートは白兎海岸にある「白兎神社」から始めます。
 滋賀県愛知郡愛荘町にある「金剛輪寺」 本堂前まで、続く参道には千体地蔵がずぅ~~と続いています。 
 中山道に交差する道路に建っている大きな、石造りの鳥居。 「多賀大社一の鳥居」。 ここから東へ約4キロメートルの所に、お多賀さん=多賀大社 があります。
京都では、あちらこちらで遠く離れた場所に建つ鳥居や山門をみかけるのですが滋賀県で見たのは始めてでした。   多賀大社まで一丁(約100メートル)毎に、この常夜灯が建ち道案内をしていたそうです。 歩くと一時間弱。 年明けにでも、一度歩いてみましょうか。。
2011年10月 滋賀県の【麗しの神仏に出会う滋賀の旅 仏女ブロガー】で訪れる予定だった「善水寺」。 方向音痴が仇となり結局、到達できないまま無駄に時間を過ごしてしまったと言う苦い経験があります。 → “湖南三山 善水寺 断念。。。”【麗しの神仏に出会う滋賀の旅 仏女ブロガー】 2年を経てリベンジです。 紅葉シーズンには湖南三山めぐりバスが運行されています。 甲西駅から町中を経て山の中腹へ。 凜とした空気の中、どっしりと大きなお寺が佇んでいます。     まっすぐひいても、敷地内からは全体像を撮る事ができませんでした。
【兵庫・ブロガー100人戦国トリップ】≪ノスタルジックアイランド淡路≫「淡路島弁財天 厳島神社」洲本市の中心に鎮座する厳島神社は、付近一帯の繁華街も含めて「弁天さん」と親しまれている幸福の神様、年間を通じて様々な祭典・行事が行われるそうです。  車の往来の激しい道路の端の細い道に朱の鳥居。  この対比が面白い。。
【兵庫・ブロガー100人戦国トリップ】≪ノスタルジックアイランド淡路≫[天主茶屋」 天守閣前に、売店があります。 「サイホンコーヒー」「あまざけ」「たこやき」ってあるかなあ?。。。
写真を撮っていると「いらっしゃいませ」と。。。 まだ淡路島について間もないし、喉がかわいているわけでなく、お腹も空いてない。申し訳ないなぁ。。 「此処に登ってこられる人たくさんおられます?」とお聞きすると、 「こんなぁ。 習慣でお店開けてるだけや」と。。 年配の女性でしたが、それでも毎日こうしてここまで上がってきて店番しているのって、元気の秘訣かもしれません。  なつかしいなあ。ケースの上の部分、もしかするとスライド式ではなく、持ち上げて開けるタイプかも。 くびれた瓶のバャリースが入っていたのかなぁ。  お天気のいい日、家族連れ、グループで来て、洲本の町を見下ろしながらお弁当食べたら気持ちいいでしょうね。 
【兵庫・ブロガー100人戦国トリップ】≪ノスタルジックアイランド淡路≫「洲本城②」 本丸の敷地は意外に狭く、どうも全体像が掴み取りにくいのですが、その天主台の剛健さは十分に感じられます。  
全体像がつかみにくい天守閣。実は模擬天守閣。   それでも、右からの横書きで「昭和参年度建築」と日本最古の模擬天守、天皇即位記念に建てられたそうです。 昭和3年の建築にしては、とても綺麗だという印象ですが、残念ながら、老朽化のため現在は入る事ができません。 天守閣のある場所からは淡路島が一望できます。  北東方向  北方向  北方向洲本市中心部 水軍の基地としては、恰好の眺望だった事でしょう。    西の丸、東の丸、月見台の標示版はあるのですが、距離的には結構それなりにあります。  と、言うよりも。。。台風接近中の平日。 人っ子一人居ない状態。 地元のウォーキングのような方はお一人みかけましたし、売店の女性とも言葉を交わしてはいたのでが。。。。。 まだまだ女性?の私が一人、徒歩60分 人里からは30分位でしょうが、少し恐い。。。と言うのが正直なところ。 まず、帰り道を確認したい等と心が焦っていました。。 せめて、東の丸は、きちんと見て帰って来るべきだったと今頃後悔しています。  「登山者」と言う言葉が使われてはいますが、道は綺麗に整備されていて歩きやすくなっています。   お掃除もきちんとされているようです。  少しずつ民家が見えてきます。  地元の方は、ここに自転車を置いて、洲本城まで歩かれるのでしょう。   下りは15分もあれば十分。 それなりに急な坂もありますが、歩いてあがれば達成感があっていいでしょう。 石垣のみしか残っていませんが、石垣から当時を想像するのも乙なもの。 登り石垣をしっかりと見ておくべきでしたが、静かな山の中に、強固な姿でしっかりと残る石垣は圧巻でした。 一人旅のお方は、人の多い日曜日がいいかなぁ。  こんな日に訪れるのも楽しいでしょうね。
【兵庫・ブロガー100人戦国トリップ】≪ノスタルジックアイランド淡路≫「洲本城①」 淡路島には、洲本城、炬口城、白巣城、志知城、郡家城等五つのお城があり、「洲本城」は国指定史跡、淡路国の統治拠点・戦国時代は淡路水軍の本拠でした。 黒田官兵衛は、秀吉から淡路及び阿波攻略を命じられ、毛利氏と結んだとされる安宅氏が拠点とする瀬戸内洋上の要、洲本城、由良城を攻め落としました。 このとき、官兵衛が安宅河内守(あたぎかわちのかみ)を討ち取ったとされる刀が現在まで伝わる備前長船祐定作「名物 安宅切り」(重要文化財)です。関西方面から高速バスの終点「洲本高速バスセンター」、島の中心となる場所で公共施設、ショッピングセンターなどがあります。 洲本城はここから南東方向に見えます。  歩いても60分、登山道も綺麗に整備されているので歩きやすいのですが、私は楽をしてタクシーを使わせて頂きました。   タクシーだと10分程度。料金は1450円でした。
 南の丸の手前でタクシーから降ろして頂きましたが、いきなり立派な高い石垣が続きます  しぱらく進むと「南の丸隅櫓跡」    幅の広い、立派な本丸への大石段。⑩ この石段を上がると本丸の虎口です。   「本丸虎口」⑪ 大きな虎口は、本丸への直進を拒むように曲がっています。   「武者走台」 武者はこの石垣の上が守備位置だったそうです。   「本丸鹹手虎口」   いよいよ天守閣が見えてきました。 洲本城についての詳しい説明は 城郭研究家本岡勇一さんの解説をご覧くださいませ。 「洲本城」
ブロガーによる歴史探訪情報発信【 旧南郷洗堰周辺からオランダ堰堤を訪ねて - 大津市 】2013.9.29 【INDEX】**************************************************** 瀬田の唐橋、北東にある「西光寺」 唐橋を渡って1分位の場所  (画像奥が唐橋)  いつも渋滞気味なこの道路からは、車の中からでもはっきりと見えます。
ブロガーによる歴史探訪情報発信【 旧南郷洗堰周辺からオランダ堰堤を訪ねて - 大津市 】2013.9.29 【INDEX】****************************************************  2007年10月撮影  2013年9月撮影 瀬田の唐橋 南東。 お寺・神社・お地蔵さんが川畔の景色のいい場所に集まっています。 
「龍王宮秀郷社」 通称「龍宮神社」  平安時代、平将門の乱を鎮めた藤原秀郷(俵藤太(たわらのとうた))が、唐橋の川底にある竜宮の乙姫の願いで、三上山を七巻半するという大ムカデを退治したという伝説があり、その秀郷と乙姫の霊を祀る神社。 「雲住寺」   本堂左手に「百足供養塔」という六角堂があるそうです。 お寺は瀬田の唐橋の守り寺となっていてむかで退治の縁起を刻んだ版木、また藤太ゆかりの太刀の鍔(つば)や、蕪矢(かぶらや)、鎗鉾先。また近江八景の版木などが残されているとの事です。 このお地蔵さん縁起は、ちょっとミステリアスで、地元の方々の橋を愛する気持ちも感じます。      ちょっと離れた草むらの中にありました。
ブロガーによる歴史探訪情報発信【 旧南郷洗堰周辺からオランダ堰堤を訪ねて - 大津市 】2013.9.29 【INDEX】**************************************************** 「建部大社」 オランダ堰堤からバスで20分。 再び瀬田川畔に戻ってきました。 瀬田の唐橋の近くにある「建部大社」  
日本武尊(ヤマトタケルノミコト)を祭神とする近江一之宮。   755年に大己貴命を権殿へと奉祀された際に、一夜にして成長したと伝わる御神木 三本杉。 建部大社のシンボルです。  摂社。   昭和20年8月に発行された、日本で始めての作られた千円札には、建部大社とご祭神の日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が図柄に使われています。 当時の最高額紙幣といいますから、その価値は相当だったものだと思われます。 ただ、この千円札、戦時中・戦後の混乱期の諸事情により、殆ど発行されないまま眠ってしまったそうで「幻の千円札」と言われています。 滋賀・建部大社が全国的に有名になるいい機会だったのに残念です。  瀬田の唐橋からちよっと歩いた、静かな場所にある 広々とした印象の神社です。
ブロガーによる歴史探訪情報発信 【 沖島周辺を訪ねて -近江八幡市- 】 2013.9.7 【INDEX】10月5日に 「探訪【近江水の宝】琵琶湖上をゆく-沖島-」が開催されます。 平成25 年10 月3 日(木曜日)午後5時締切です。 以下の記事を参考に、みなさん是非 ご参加ください。 ************************************************************* 「VR安土城タイムスコープ」 それなりに携帯・タブレット・パソコンが使えて、それなりに時代の波に乗っているかなぁ?と思っていたけれど、これは初見(笑) iPhone / iPad を安土城の方向に向けると、昔の姿を見る事ができます。
京都市内ではすでに、平安時代の眺めを再現 活用されているようです。 「タイムスコープ」とは、ユーザーの立っている位置と方角に応じた歴史的景観を表示するiPhone / iPad用のアプリケーションです。 例えば、かつて平安京の宮殿のあった辺りは、現在は京都市上京区の市街地になっていて、昔の面影を留めていません。 ここで「タイムスコープ」を起動すると、iPhoneの画面の中にその場所からの平安時代の眺めを見ることができます。 「タイムスコープ」は、歴史公園でない普通の市街地を歴史的な観光スポットに変貌させる、そんな可能性を秘めています。」「タイムスコープ」長命寺近くの田園地帯から安土城の方向を向いて操作すると。。    ちょっとした「どこでもドア」のようなもの。「タイムマシーン」のようなものです。 まだまだアプリのダウンロードに時間がかかったり、操作がうまくいかなかったりと改良の余地がありそうですが、簡単に操作できるようになれば、なかなか面白いものだと思います。 詳しくはこちらからどうぞ。 「バーチャルリアリティー安土城プロジェクトについて」iPhone / iPad をお持ちの方は、近江八幡に行かれた時 是非お試しくださいませ。。
ブロガーによる歴史探訪情報発信 【 沖島周辺を訪ねて -近江八幡市- 】 2013.9.7 【INDEX】10月5日に 「探訪【近江水の宝】琵琶湖上をゆく-沖島-」が開催されます。 平成25 年10 月3 日(木曜日)午後5時締切です。 以下の記事を参考に、みなさん是非 ご参加ください。 ************************************************************* 「長命寺」 近江八幡市の北西端、長命寺山(333m)の標高約250mの山腹にある寺院。西国三十三カ所第31番札所。 「西国三十三ヶ所」のお寺は、どこも知名度が高く訪れる人が多いようで、ここも同じく。 私も以前に一度、この日と同じ雨の日に一人で訪れた事がありました。 → 長命寺  808段の石段。 さぁ がんばろう!!
 何度も何度も立ち止まり、息を整えながら。。 写真を撮る余裕などなく。。。 なんとか、建造物が見えてくると元気も出てくるけれど。。。 いやいや。でもこんな石段を登るからこそご利益もあるというもの。こちらは「長寿」のご利益があるそうです。 朱の本堂が映えています。    この後、堂内でご住職さんのありがたいお話を聞かせて頂きました。     山肌に並ぶ それぞれの社殿は高低さのおかげで、綺麗に一望できます。   重要文化財長命寺三重塔は、平成25年6月3日~平成26年3月31日までの10ヶ月をかけて、再生されます。 こけら葺屋根の葺替修理方法についての説明。    「さわら」の木を薄く割ったものを3センチずつずらして重ねていきます。 木の特性である、反りなどにより、隙間ができます。 隙間の部分に空気が流れ、腐敗することなく長い年月耐える事ができます。 隙間など無いほうがいい。。というのは素人考えのようです(笑) こういった補修作業等、従来は安全面を考慮して一般の人々の目に触れる事なく、実施されてきましたが、今回この作業が公開されます。 <修理現場自由見学会> 平成25年10月下旬~平成26年1月下旬 一般の方々が常時、自由に初層の屋根の修理作業を間近に見学できるよう素屋根に見学通路を設けます。 また、再生活用事業の内容を説明するチラシを作成し、配布します。 <特別現場見学会> 平成25年11月17日(日) ※ 修理現場自由見学、特別現場見学会の詳細については後日、県のホームページ等でお知らせされるそうです。 ご興味のある方は、要チェックです。
ブロガーによる歴史探訪情報発信 【 沖島周辺を訪ねて -近江八幡市- 】 2013.9.7 【INDEX】10月5日に 「探訪【近江水の宝】琵琶湖上をゆく-沖島-」が開催されます。 平成25 年10 月3 日(木曜日)午後5時締切です。 以下の記事を参考に、みなさん是非 ご参加ください。 ************************************************************* 「伊崎寺」「棹飛び」ばかりが有名で「伊崎寺」と寺院名の知名度は意外に小さいのかもしれませんが、由緒ある立派なお寺です。  「天台宗 伊崎寺」  「比叡山延暦寺支院」 「回峯行門別願道場」
   京都の観光寺院等にはない、静かな空気が漂います。 以前は、島であったため、山門は琵琶湖に向かって建っています。    船から、近づく、半島の先のお寺をのぞみながら気分を引き締め、参拝。。 そんな時代もありました。  車以外のアクセスは近江八幡駅から近江バスにて堀切港まで、そこから徒歩25分です。
ブロガーによる歴史探訪情報発信 【 沖島周辺を訪ねて -近江八幡市- 】 2013.9.7 【INDEX】10月5日に 「探訪【近江水の宝】琵琶湖上をゆく-沖島-」が開催されます。 平成25 年10 月3 日(木曜日)午後5時締切です。 以下の記事を参考に、みなさん是非 ご参加ください。 ************************************************************* 「伊崎の棹飛び」「伊崎寺」というより「琵琶湖に飛び込むところ」と言う方がわかりやすい。 ポスター画像の再掲です。   「棹飛堂」から見ると、想像以上に細い、長い。 幅30センチ、長さ13メートル。 うわぁ。。 私なんかまず、一歩も踏み出せません。 まず30センチの幅を歩けません。 琵琶湖までは7メートル。。
とても無理。 でも大丈夫。棹飛びができるのは比叡山の百日回峰を終えた修行僧だけなんです。。 棹飛びの起源は天台修験の修行のひとつであった「捨身」とされています。 「棹飛堂」へは、本堂の右手を入ります。   ここから、あの、細く長い「棹」の元へ続くのでしょう。 棹飛堂は、岩が食い込んでいます。   お祀りの後ろは、「岩」  それにしても琵琶湖は気持ちいい。釣り舟、観光船。 尊敬するブロガーさんが 棹飛について書かれていますので是非ご覧くださいませ。 → 「近江八幡 伊崎の棹飛」
ブロガーによる歴史探訪情報発信 【 沖島周辺を訪ねて -近江八幡市- 】 2013.9.7 【INDEX】10月5日に 「探訪【近江水の宝】琵琶湖上をゆく-沖島-」が開催されます。 平成25 年10 月3 日(木曜日)午後5時締切です。 以下の記事を参考に、みなさん是非 ご参加ください。 ************************************************************* 「伊崎寺 参道」「伊崎寺」と聞いても「何処?」と思う人が大半のはず。 でも この写真を見れば、「ああ。。海に(琵琶湖ですが)飛び込んでいるところ?」  と県外の方でも、おわかり頂けるかと思います。 伊崎寺は近江八幡市の北、沖島と向かい合うように琵琶湖に突き出た小さな半島の先端に建っています。 今は、陸続きになっていますが、少し前までは、入江を隔てた島で、橋でつながっていたそうです。
「味菜村」のすぐ近くから、参道が続いています。    左右に田んぼが見える中、綺麗に整備された道がまっすぐ伸びています。 車は通れますが、滋賀県のバスは通れないから、テクテクと。。 でも秋風に吹かれながらこんな道を歩くのは気持ちいい。。  ここからは、みなさん徒歩となります。  徐徐に琵琶湖が低くなり、少しずつ登ってきている事がわかります。  大きな岩に、祠があります。    参道は山の表面にへばりついている感じで琵琶湖が本当に気持ちいい。。 登ったり下ったりと多少のアップダウンはありますが、苦痛にならない変化です。 ほうら、最後の下りの向こうに、お寺が見えてきました。 
ブロガーによる歴史探訪情報発信 【 沖島周辺を訪ねて -近江八幡市- 】 2013.9.7 【INDEX】10月5日に 「探訪【近江水の宝】琵琶湖上をゆく-沖島-」が開催されます。 平成25 年10 月3 日(木曜日)午後5時締切です。 以下の記事を参考にして、みなさん是非 ご参加ください。 ************************************************************** 面積1.53㎢ 人口370人の小さな島ですが、小学校・郵便局・神社 生活の礎が揃っています。 そう、お寺もあります。 浄土真宗「西福寺」 堀切港から歩いてすぐの所にあります。  (お寺の全景は撮っていませんでした)
ご住職さんが、とてもわかりやすく、沖島の歴史、お寺の由来についてお話してくださいました。  島に住む落ち武者の一人が、産後間もなく亡くなった奥様を思い悲しんでいると、奥様が幽霊となって現れ、「明日蓮如上人が来るのでお話してみなさい」と言います。 翌日 本当に蓮如上人が現れ、「南無阿弥陀仏」の六文字をムシロの上で書いて与えました。。 西福寺は、このような事が源となり沖島に存在するようになりました。 幽霊の絵、起源を描いた絵。どれもがわかりやすく、説得力のあるものでした。    
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