「奈良井駅前 北東」 “奈良井宿” (長野県塩尻市)

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奈良井駅の改札を出て、右 北東方向になどらかに伸びる道路は旧中山道。
カーブがやっぱり 街道だなぁと、嬉しくなります。

駅の目の前は、お蕎麦屋さん。
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木曽漆器も有名なようです。
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[ 2015/09/21 14:04 ] ---まちあるき--- 長野県 | TB(0) | CM(0)

「権兵衛踏切」 “奈良井宿”  (長野県塩尻市)

奈良井診療所のあるあたりから、すこ~しだけ東へ向かうと、駐車場への案内板があり、向こうに線路が見通せます。
中山道奈良井宿と、中央本線との距離はこんなにも近いのです。

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私が足を向けないわけがありません。。


「旧奈良井診療所」 “中山道”  (長野県塩尻市)

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風格ある古い和風建築が軒を並べる、中山道の中にポツリとある、これまた重厚な洋館。


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 昭和初期の建築で「奈良井診療所」として活躍してきましたが、現在は空家になってしまっているそうです。


[ 2015/09/19 12:16 ] ---まちあるき--- 長野県 | TB(0) | CM(2)

「花筏」  “奈良井宿”   (長野県塩尻市)

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葉っぱの上に、まぁるい黒い粒が。
虫でものってるのかと、そぅ~と。。近づくと黒豆のようなものが、ちょこんとくっついているのです。

何これ?


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[ 2015/09/18 11:31 ] ---まちあるき--- 長野県 | TB(0) | CM(2)

「五平餅とさくら湯」 “奈良井宿”  (長野県塩尻市)

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 本場で頂く、五平餅がこんなにも、おいしいとは。。感動的でした。
粒粒が気持ちいい食感として口の中にひろがり、甘味のきいたタレがそれに絡みます。
まるで、グルメ評論家のようでず、本当においしいものに出会った時は、自然とこんな言葉が出てくるものです。
五平餅ってこんなにおいしいんだぁ。。
どこかの屋台で食べたものは、粘りがありすぎたような気がします。

以前、高山で食べた、みたらし団子も忘れられないおいしさでした。
さらっとした食感と、タレの絡み。 あれはもう10年以上前になるでしょうか。

中津川の駅で「五平餅のタレ」というのをみかけて、わざわざ専用のタレなんて。。と思いましが、この地の人々には「タレ」にこだわりがあるのでしょう。

 「さくら湯」のほどよい塩辛さが、五平餅の味をまた引き出してくれました。

[ 2015/09/17 10:55 ] ---まちあるき--- 長野県 | TB(0) | CM(2)

JR東海 中央本線「奈良井駅」 途中下車 “奈良井宿” (長野県塩尻市)

中山道「奈良井宿」
街道好きなら知らないわけはありません。
でも、まさか駅からこんなに近いとは思っていませんでした。
駅を出たところが中山道。奈良井宿です。


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[ 2015/09/16 15:10 ] ---まちあるき--- 長野県 | TB(0) | CM(4)

「枚方宿」 (大阪府枚方市)

子供の頃に「ひらかた」=「遊園地・菊人形」=楽しい所 と植えつけられてしまったから、枚方市という行政区があり人々が生活しているという事が未だに信じられずにいます。
子供の頃に植えつけられてものは、恐いものです。

枚方が「枚方宿」という歴史を持っているなんてのは、ますます理解が苦しい。。

でも、「枚方市駅」を降りると、どうどうと「枚方宿」と掲げられているのです。

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三条で終わっているはずの、東海道がその先の「枚方」まで続いてる?

実は、京都から大阪へ通じているのが「京街道
大津宿から三条へ向かう途中、追分で南西へと分かれ、伏見宿、淀宿、枚方宿と延長されています。


[ 2015/06/20 20:41 ] ---まちあるき--- 大阪府 | TB(0) | CM(0)

中山道 「高宮宿」 (滋賀県彦根市)

 滋賀県に生まれ育ちながら、知らない事、場所が多すぎると最近特に思うようになりました。
今回も、高宮のパン屋さんへ行こうと、近江鉄道高宮駅から中山道へと出たのですが、高宮宿の風情は素敵でした。
ローカル線旅で途中下車すれば、風情ある町並を求めて歩く私ですが、滋賀県にこんな所があるとは知りませんでした。 町おこしのために綺麗に手を入れすぎた町並はあまり好きでない、なるべくそのまま 自然に残った町並が好きです。
 パン屋さんを求めて出てみた中山道は、私が望む町並でした。


 駅前をほんの数分歩いただけです。 こんな風景が続いていました。


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この道幅と、緩やかなカーブが街道らしさ。


[ 2013/12/10 22:04 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(1) | CM(9)

北国海道 札の辻起点 三つ目の角~ (大津市)

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伊庭善の角を曲がり、江若鉄道の踏切だった所を過ぎるとすぐにお地蔵さんが並んでいます。
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浜大津からのこの道路、北保の郵便局でカーブするまでの数メートルだけは交通量の多い所でした。
ろくに歩道もないこのあたりを、長等幼稚園まで友達と二人で歩いていたのですから今考えると恐ろしいもの。
それは、さておき、このあたりを生活道路にしていた人ならこの風景は印象深いはず。
道端の一段下がったところに、お地蔵さんが並んでいて、いつも綺麗に花が飾られていました。



[ 2013/03/28 17:10 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(6)

北国海道 札の辻起点 ~みっつ目の角(大津市)

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北国橋を渡り、最初の交差点を右へ折れます。
交差点の西角には「大津湯」という銭湯があり内風呂のなかった私は、大津湯へ通いました。
銭湯への行き帰りは、母に学校での出来事を話す時間でした。

次の角までほんの少しの距離、どうしてここで道が折れているのか不思議です。
街道らしい、細い道路ですが、昭和30年代から京阪バスが通っていた事から、昔から重要な道であった事が伺えます。


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昭和の面影を残す建物が並んでいます。
ガラス戸4枚の建物は、衣類を売っているお店、肌着や靴下が並んでいました。
子供の頃 運動会と言えば「地下足袋」を履くものでしたが、母はここで買ってくれました。

この向かいには、貸布団店、薬局、バーが並び、今思えば、海道全盛期の名残からお店が多かったのかもしれません

[ 2013/03/27 13:22 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(10)

北国海道 札の辻起点 ~二つ目の角  (大津市)

 大津百町の「観音寺」に住んでいたのは20歳まで。その後 大津南部に在住。
大津に生まれ育っていますが、子育てに追われていた15年位は大津百町にブランクがありました。
 一人で出かける時間が出来、歴史博物館等に足を運ぶようになって生まれ育った町を見て驚きました。
想像もしてなかった大きな道路が出来ているのです。
「ここはどこ?」 大きな道路沿いに立ってみると自分の生まれ育った町がまるで始めて訪れるような場所のようでした。
今日、ご紹介する 北国海道。 北国海道が疎水を横断する道路、昔の面影が間もなく完全に消えようとしています。




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叶匠寿庵さんを右に見て進んだ突き当りを右に曲がります。

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 いきなり、建設中の住宅。 道路から下がる為に、バックして新築されているのが一目瞭然。
ここには、頭のいい友達の家がありました。


[ 2013/03/26 10:16 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(4)

北国海道 札の辻 ~ 一つ目の角 (大津市)


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北国海道札の辻起点~ ひとつめの角まで、ほんの少しの距離です。
ほんの少しの距離ですが、多くの記憶があるので書き記しておきましょう。。
自己満足? このブログを見て「そうそう」と思い出してくださったり、密かに何かの研究のヒントになったりしたら。。嬉しいです。。
不思議と、ピンポイントの場所のピンポイントの時代の記事を書くことで、同じ時を過ごした人と知り合いになれたりする事も多いものです。




京津線の電車通札の辻の角を西に折れると、道幅はあるものの交通量はかなり少なくなります。
目につくのは「阪本屋鮒寿司」のお店
明治2年にこの地に分店として創業したとHPに書かれています。
「弊店のご案内」

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[ 2013/03/25 11:48 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(6)

北国海道 と 北国街道  (滋賀県)

 前回の記事で「北国海道」と記しました。
単純に考えて、昔の街道ですから「北国街道」でしょ? 間違ってるんじゃないの? と思ってしまいます。

 自分自身の中で理解を深めるためにも、少し整理します。

「北国海道」
 大津の礼の辻で東海道と分かれ、湖岸沿いに衣川(大津市)、和迩(志賀町)、木戸(同)、小松(同)、の各宿駅を経て高島郡に入り、河原市(新旭町)、今津(今津町)の両宿駅を経て海津の宿駅に至り、海津からは七里半越えで 北国海道は「西近江路」と別称され、「北国脇往還」とか「西国街道」とも呼ばれました。剣熊関(マキノ町野口)を通り、山中(敦賀市)-疋田(同)の両宿駅を経て敦賀市に至っていました

「北国街道」 
 中山道の鳥居本宿(彦根市)から琵琶湖の北東岸を通り、栃ノ木峠を経て越前に至っています。




 幼い頃を過ごした家の前、生活道路が「北国街道」であると聞いたとき、へ~ 木之本まで続く道なんだなぁ。。 と思ったものですが、「北国街道」ではなく「北国海道」なのでした。


 「札の辻」を基点に琵琶湖の西を経て敦賀に至る道が「北国海道」で 平安時代の頃から既にあったそうです。


[ 2013/03/25 10:44 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(4)

東海道と北国海道の分岐点「札の辻」 (大津市)

 今年2月に「石坂線がつなぐ 大津のまちの物語」に行った時、樋爪歴史博物館館長さんの講演の時に頂いた資料に、街道地図がありました。

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江戸から続く東海道は、大津の札の辻で南へ折れます。
直進しているのは「北国海道」



[ 2013/03/24 15:00 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(8)

東山道をめぐる攻防の地を訪ねて 「柏原宿」 (滋賀県米原市)

東山道をめぐる攻防の地を訪ねて

【柏原宿】

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柏原宿には、各戸に提灯がぶらさがり、街道筋、宿場町らしさが漂っています。
規模の大きな宿場町だっただけあって、その距離も長いもので雰囲気も感じられます。

[ 2012/07/26 18:23 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(2)

東山道をめぐる攻防の地を訪ねて  「柏原宿歴史館」 (滋賀県米原市)

東山道をめぐる攻防の地を訪ねて

【柏原宿歴史館】


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柏原宿は中山道60番目の宿場で、もぐさが特産品で、最盛時には10軒以上の艾屋があったそうです。




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伊吹もぐさ亀屋佐京商店の分家である松浦良平氏の住居として大正10年建てられた建物が、「柏原宿歴史館」です。
[ 2012/07/25 20:22 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(0)

東山道をめぐる攻防の地を訪ねて 「醒ヶ井宿」 (滋賀県米原市)

東山道をめぐる攻防の地を訪ねて

【醒ヶ井】

蓮華寺からバスで10分。醒ヶ井に到着。

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醒ヶ井は、町の中心部に清流地蔵川が流れる、中山道61番目の宿場町です。

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梅花藻の咲き始めた醒ヶ井にはたくさんの人が訪れていました。

[ 2012/07/22 17:20 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(5)

“旧東海道 石部宿界隈” 【麗しの神仏に出会う滋賀の旅 仏女ブロガー】  (滋賀県湖南市)

 常楽寺から石部駅に向かってバスに乗っている途中、近代建築が目につき、途中下車。


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 旧淡海銀行石部支店 昭和2年建築。

夕日を受けて、輝いています。
[ 2011/11/13 15:44 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(0)

北国街道② (滋賀県長浜市)

 地蔵坂を登り突き当りを左へ折れてみます。こちらには特に目立った店舗などはありませんが、街道らしい風景を心地よく感じる事ができます。


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[ 2011/01/23 20:30 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(4)

北国街道① (滋賀県長浜市)

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木ノ本駅から地蔵坂を登り、正面に木之本地蔵の見える角「あたらしや洋品店」さん。
札の辻跡です。

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右に折れて歩きます。


[ 2011/01/20 11:58 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(6)