広島の旅

長らく「広島」の記事におつきあい頂きありがとうございました。
始めての「広島」
一般的な「宮島」もはずしたくなかったし、「お好み焼」もはずしたくなかったし、近代建築も、路面電車も。。
かなり急ぎ足の旅となりました。

「広島」は 特別な町でした。

全世界、全人類が幸せになれますように。


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(広島原爆ドーム前にて。)
[ 2007/11/10 15:00 ] ---まちあるき--- 広島県 | TB(0) | CM(2)

広島電鉄の車輛 「京都市電」  (広島市)

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これに出会いたかった。
走る「京都市電」を見たかった。

浜大津から京阪電車に乗ると、東山あたりで京都市電と一緒になっていました。
 「京都」で買物して、食堂でご飯を食べて、年に数度の大イベントの幼い日の風景の片隅に残る「京都市電」。

そう。。こんな色していたよなあ。。。

広島電鉄の車輛 「大阪市電」 (広島市)

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あぁ。。なんか懐かしい。
こんな電車が見たかった。。
クリーム色とエンジ色のこの車輛は「大阪市電」から移籍されたものでした。


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広島電鉄の車輛 (広島市)

「広島の路面を走る電車が見たい」
数年前から思い続けて、今回 やっと叶いました。

 広島の町を歩いて、電車に出会うたびシャッターを切りました。
マニアではないんで、画像のみの紹介です。


JR広島駅から、とりあえず最初に乗った電車がこれ。
何をどうして乗ればいいのかわからないまま、おどおどしながら乗りました。
車内は大きな椅子が左右、前後方向を向いて並んでいて、どうも落ち着きませんでした。

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運賃箱?整理券発行箱まで広島カープの絵が描いてありました。

体の不自由な人々でも乗降に負担のない「低床車輛」です。

旧陸軍被服支廠倉庫  (広島市)

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「旧陸軍被服支廠倉庫」
1913年(大正2年)竣工

観光地でない広島の町中を地図を片手に歩いていると、見え隠れしてきた煉瓦色の建物。 

それも一棟じゃない、二棟並んでいる?

[ 2007/11/07 15:00 ] ---まちあるき--- 広島県 | TB(0) | CM(2)

宇品御幸ビル(旧中国配電南部変電所)  (広島市)

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「宇品御幸ビル(旧中国配電南部変電所)
 1943年(昭和18年)2月竣工



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玄関のカーブを取り入れたデザインが魅力。


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[ 2007/11/06 15:00 ] ---まちあるき--- 広島県 | TB(0) | CM(0)

広島港湾事務所 (広島市)

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「広島港湾事務所」
1909年(明治42年)2月竣工

広島電鉄「海岸通」で下車して海のほうに向かって南西に歩くと、なんとも風情ある木造建築が見えてきます。
道路に車が走り、視界のいい場所にぽつんとある木造建築はそこだけ時代が違っているよう。。

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[ 2007/11/06 15:00 ] ---まちあるき--- 広島県 | TB(0) | CM(3)

広島市郷土資料館 /旧陸軍糧秣支廠缶詰工場   (広島市)

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「広島市郷土資料館 /旧陸軍糧秣支廠缶詰工場」
1911年(明治44年)3月竣工

間口が大きすぎて、私のカメラには収まりきりませでした。
真ん中あたりから撮影した左右の画像です。


 広島市郷土資料館の建物は、広島が軍事都市へと変貌していく中で、明治44年(1911)に建てられた陸軍の建物の一つでした。「宇品陸軍糧秣支廠缶詰工場(うじなりくぐんりょうまつししょうかんづめこうじょう)」がこの建物のもとの名前です。「糧秣」の「糧」は兵士の食料、「秣」は軍馬のエサを意味します。これらを調達・製造し、軍隊に補給するのが糧秣支廠の役割で、この缶詰工場では牛肉缶詰が製造されていました。現在郷土資料館として使われている建物はかつての缶詰工場のほんの一部分です。かつては郷土資料館裏手(北側)にある宇品西公園のグランドまでが工場の敷地で、工場の北側には食肉処理場(現在はカルビー(株)の工場)が併設されていました。

(広島市郷土資料館HPから抜粋)

[ 2007/11/05 15:00 ] ---まちあるき--- 広島県 | TB(0) | CM(0)

旧宇品線跡 (広島市)

広島に着いてから手に入れた地図に「宇品線跡モニュメント」と言う文字を見つけて、予定外に訪ねた場所。


 「宇品線」は広島駅から宇品港まで結んでいた路線で、日清、日露戦争、太平洋戦争に出征・復員する兵士や物資を運ぶ路線として活躍していました。
戦後は一般に利用される路線としても使われていましたが、昭和41年旅客輸送を停止、続いて昭和46年貨物輸送も廃止されました。


瀬戸内海。
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宇品波止場公園
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[ 2007/11/03 20:00 ] ▼廃線・未成線 宇品線 | TB(0) | CM(5)

世界平和記念聖堂 (広島市)

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「世界平和記念聖堂」
1954年(昭和29年)竣工
村野藤吾+近藤正志/村野・森建築事務所設計

二日目の朝、ホテルを7時前に出て見に行きました。
聖堂のすぐ前が小さな道路であること、聖堂がかなり高く カメラにおさまりきりませんでした。
堂々たる建物で、また圧迫感のある建物でもありました。


[ 2007/11/02 15:02 ] ---まちあるき--- 広島県 | TB(0) | CM(6)

広島市立本川小学校平和資料館(旧本川尋常高等小学校校舎)

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「広島市立本川小学校平和資料館(旧本川尋常高等小学校校舎)」(部分保存)
1928年(昭和3年)7月竣工
増田清設計

本川小は学制成立直後に設立された、日本で最も古い小学校の一つです。


[ 2007/11/02 15:01 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(0)

福屋百貨店 (広島市)

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「福屋百貨店」
1938年(昭和13年)竣工
渡辺仁設計


広島で始めての鉄筋コンクリート造の建物。
広島で唯一の百貨店。当時としては珍しく全舘に冷暖房設備を設け、外装は淡黄色のテラコッタ (素焼き陶器)を貼るなど、地方都市の水準を大きくこえた建物でした。

[ 2007/11/02 15:00 ] ---まちあるき--- 広島県 | TB(0) | CM(2)

広島電鉄千田変電所  (広島市)

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広島電鉄千田変電所
1912年(大正元年)11月竣工
設計:不詳

[ 2007/11/02 15:00 ] ---まちあるき--- 広島県 | TB(0) | CM(0)

広島アンデルセン(旧三井銀行広島支店)  (広島市)

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広島アンデルセン(旧三井銀行広島支店)
1925年竣工
長野宇平治設計
[ 2007/11/02 15:00 ] ---まちあるき--- 広島県 | TB(0) | CM(6)

日本銀行旧広島支店 (広島市)

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「日本銀行旧広島支店」
1936年(昭和11年)8月竣工
長野宇平治+日銀臨時建築部設計
[ 2007/11/02 15:00 ] ---まちあるき--- 広島県 | TB(1) | CM(4)

レストハウス(旧大正屋呉服店)  (広島市)

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広島市レストハウス
1929年(昭和4年)竣工
増田清設計

原爆ドームの南。
平和記念公園の北にあり、現在は レストハウス、観光案内所として利用されています。


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「爆心地から170mという距離にありながら大破全焼しつつも倒壊は免れた」と言う建物です。
[ 2007/11/02 15:00 ] ---まちあるき--- 広島県 | TB(0) | CM(2)

広島市の近代建築

お昼過ぎに広島駅に着いて、原爆ドーム・広島平和記念公園周辺を見た後、宮島へ行くまでの間、足早に市内中心部の近代建築を追っかけました。

「こんな近代建築がありました」と、紹介することを、ためらってしまうのは、全てが被爆建築物であるからです。
建築物について調べるうち、被害の哀しさ、大きさを、具体的に次々と知ってしまうのです。

 私の世代は何故か、戦争被害、原爆被害について、今の子供達ほどには教えてもらわなかったように記憶しています。
 今になって改めて、その無残さを感じ心ふさぎます。

 「人が人の命を絶つような戦争は絶対にしてはならない。。」

 身も心も大きな傷を受けた人々が、力いっぱい。。生きて。。そして立ち直った建物達を紹介します。
[ 2007/11/02 15:00 ] ---まちあるき--- 広島県 | TB(0) | CM(2)

宮島 (広島市)

今頃、生まれて始めての「広島」
路面電車を見たくって、6時間半電車に揺られたどり着いた「広島」

でも折角広島に来たのならひと目「宮島」を。
忙しい行程の中 宮島は夜。


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[ 2007/11/01 15:00 ] ---まちあるき--- 広島県 | TB(0) | CM(6)

お好み焼リベンジ (広島市)

次の日のお昼。
牡蠣のおいしいお店で牡蠣フライをべる予定をしていたのですが、どうしても、おいしい「広島焼」「お好み焼」をべてみたい。
今度は広島で有名なお店へ。昨日の「お好み村」の前。

お昼前、まだまだ人は少なく気持のいいおにいさんが「いらっしゃぃ」と迎えてくれました。



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この雰囲気好きだなぁ。。

[ 2007/10/31 15:00 ] ---まちあるき--- 広島県 | TB(0) | CM(8)

お好み村 (広島市)

広島と言えば、「お好み焼」

広島名物「お好み焼」の歴史は戦前に庶民の間で親しまれた「一銭洋」小麦粉を水で溶き、ネギや干エビ、紅ショウガなどを入れて焼いたもので、町のお菓子屋さんなどで気軽にべられる「おやつ」のような存在でした。事としてべられるようになったのは、戦後のこと。新天地広場をはじめ、市内一円の屋台や自宅の一部を使ったおかみさん一人の店などでは、栄養不足を補うために、具としてキャベツや卵、魚介類、そば、うどんを入れるなど工夫を重ね、今の広島風お好み焼が誕生しました。

戦後広島の広場に集まった50件ものお好み焼屋台。昭和38年に広場が公園になったときに立ち退きとなり、公園前に2階建のプレハブ風店舗「お好み村」が出来たのがこの「お好み村」の始まりです。

原爆被害を受けた広島の人々の熱気と人情の塊、「お好み村」です。




「お好み村」は、広島駅から広島電鉄に乗り数分、「八丁堀」降りて少し歩いた所にあります。
平成4年にビルに変わってしまったと言うのが、私としてはとても残念な気がします。

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[ 2007/10/30 15:00 ] ---まちあるき--- 広島県 | TB(1) | CM(3)