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JR東日本 山手線 「渋谷駅」  (東京都渋谷区)

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忠犬ハチ公

写真を撮ろうとしたら行列でした。
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JR東日本 中央本線 <御茶ノ水駅>  (東京都千代田区)

「御茶ノ水駅」
所属路線は、中央本線と総武本線となっています。過去にも所属路線がいくつもある駅の記事を書いてきましたが、基本 その旅で自分がどの路線を利用して旅しているかを基本に分類しています。

 さてこの御茶ノ水駅。私が訪れた時工事中でしたが、これは単純に東京五輪の準備としてのものでなく、過去に紆余曲折があります。そして現在のバリアフリー化工事も、広範囲に渡る地中埋設物の処理の影響で当初の計画よりも完成が遅れていました。
正確に説明するのが難しいのでウィキペディア等でご確認ください。

 駅舎は昭和7年(1932年)当初からのものです。


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JR東日本 中央本線 旧万世橋駅界隈 (東京都千代田区)


 すんなりと旧万世橋駅にたどり着けたような書き方をしましたが、方向音痴な私です。
遠回りをしました。 ま、それはそれで全体像が見られたり、珍しいものを見る事が出来るのでいいのだと自分に言い聞かせています。

 地図と写真で軌跡をたどりました。
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始めて下車する秋葉原駅。
ここがあの有名な「アキバ」 若者の町アキバなんだと辺りを見回りします。 なるほど、あちこちにアニメが描かれ、電気屋さんもあります。 裏に回ればメイドカフェもあるのでしょうか?

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JR東日本 中央本線 「旧万世橋駅 2013プラットホーム」“世界で最も電車に近いカフェ” <マーチエキュート神田万世橋> (東京都千代田区)


1912年(明治45年)4月の万世橋駅の開業時は、近距離電車用の南側ホームと、長距離列車用の北側ホームの2面のホームがありました。しかし、御茶ノ水~飯田町間の複々線開業と同時に北側のホームは撤去され電車留置線となりました。その後、交通博物館開館時には一部階段が撤去、新設され、駅休止後、上屋などは撤去されましたが、ホーム自体は撤去されず残されていました。今回、このホーム上を『2013プラットホーム』として整備し、デッキやカフェとしてよみがえりました。


「旧万世橋駅 - 東日本鉄道文化財団」より抜粋


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JR東日本 中央本線 「旧万世橋駅 1935階段」 <マーチエキュート神田万世橋> (東京都千代田区)

「旧万世橋駅 1935階段」 

鉄道博物館(後の交通博物館)の新館が、ここ万世橋駅に建設されることになり、新たに1935年(昭和10年)に設置。1943年(昭和18年)10月の駅休止までの間、ここが駅の階段として使用されました。
2006年(平成18年)の交通博物館閉館前は、期間、参加者限定でこの階段が公開されましたが、今回のように一般公開されるのは1912階段同様、70年ぶりとなります。
なお、階段の踏面はコンクリート、壁面のタイル目地も平目地と、駅開業時に設置された階段とは仕上げが異なっています。


「旧万世橋駅 - 東日本鉄道文化財団」より抜粋




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 こちらの画像は ホームから下りて行く方向です。

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JR東日本 中央本線 「旧万世橋駅 1912階段」 <マーチエキュート神田万世橋> 」 (東京都千代田区)


「旧万せ橋駅 1912階段」

1912年(明治45年)4月、万世橋駅開業の時に作られた階段です。1936年(昭和11年)4月の鉄道博物館(後の交通博物館)開館後は、ホームから博物館に直接入館できる特別来館口として使われ、交通博物館時代は一部が休憩室として活用されていました。階段は、厚い花崗岩や稲田石を削りだした重厚なもので、壁面のタイルも、東京駅のレンガなどに見られる「※覆輪目地(ふくりんめじ)」という、高級な施工がされているのも特徴です。

1943年(昭和18年)に駅が休止してからは公にされることはなく、この度70年ぶりに公開されました。


「旧万世橋駅 - 東日本鉄道文化財団」より抜粋





マーチエキュート神田万せ橋はお洒落なお店が集まっている場所で、エスカレータ設備もあるのですが、当時の階段が使用できる状態で公開されています。



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薄暗さが、その歴史わ感じさせてくれます。


JR東日本 中央本線 「旧万世橋駅 <マーチエキュート神田万世橋> 」 (東京都千代田区)


 かつて、中央線の神田~御茶ノ水間に、明治45(1912)年に開業した「万世橋駅」がありました。
 駅舎は東京駅と同様に辰野金吾の設計による赤煉瓦造りで 一等・二等待合室、食堂、バー、会議室等を備え、貨物用のエレベーターも整備されていました。東京市電が走り、多くの人で賑わい大正時代半ば最盛期を迎えていました。
 
 中央本線のターミナルとしてだけでなく、ここから両国駅方面への総武線の敷設計画をも見据えたものでしたが、大正8年(1949年)東京駅が完成。中央本線の起終点としての役目は7年で終える事となりました。

 さらに大正12年(1923年)関東大震災により駅舎喪失後、簡素な駅舎に建替えられ、さらに新駅・新路線が出来、市電が走らなくなった事などで、旅客は激減。 簡素な駅舎も解体、博物館に併設された小屋となり、昭和18年(1943年)駅は、休止となり、博物館部分をのぞいて取り壊されてしまいました。

 駅舎の一部は交通博物館に転用されていましたが、、平成18年(2006年)5月14日に閉鎖され、平成20年2(2010年)(平成22年)全て取り壊されました。




駅舎は解体されましたが、赤レンガの万世橋高架橋の中に、ホームや階段など、駅の施設が一部残っていました。

平成25年(2013年)残された旧万世橋駅の遺構を利用して、「マーチエキュート神田万世橋」がオープンしました。




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JR東日本 山手線 「原宿駅」  (東京都渋谷区)

 
 2年前、出雲市駅から東京駅までサンライズに乗車した後、建替の情報がある原宿駅へ行きました。
→ JR東日本 山手線「原宿駅」 (東京都渋谷区)


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工事中の雑然さはありましたが、同じ姿がありました。

いろいろな情報がありますが、いつまでもこの姿は残っていて欲しいものです。



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JR東日本 総武本線 「隅田川橋梁」 (東京都台東区)

昭和7年(1932)開通
 JR浅草橋駅とJR両国駅の間にある隅田川に架かる橋長172mの鉄橋 日本では最初のランガー桁(桁とアーチの双方で荷重を支える補剛アーチ形式)の鉄橋。


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隅田川橋梁は、ここから近いなぁ。。と 案内地図を見て歩きました。



JR東日本 総武本線 「両国駅」 (東京都墨田区)

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両国駅で下車すると、目の前にお相撲さん。
さすが、両国、駅風景にも馴染んでいます。

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昭和4年(1929年)建築。

中央本線 「塩尻駅」東口 【信州・飯田線の旅 2018】 (長野県飯田市)


 塩尻駅で下車しても、今まで多分 こちら側に降りた事はなかったと思います。 
翌朝 意識して「駅の反対側」に行ってみました。

「東口」 
西口を「諏訪湖口」 東口を「霧ケ峰口」と呼ぶ事もあるようで、いかにも信州だという感じがします。

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東口も落ち着いた、いい形をした駅舎です。



中央本線 「塩尻駅」 “夏の青春18切符 信州・飯田線の旅<2018>” (長野県塩尻市)

 中断していた、“夏の青春18切符 信州・飯田線の旅<2018>”の続きです。

猛暑だった今夏、青春18切符でひたすら、車窓を楽しむための旅に出ました。
前回はここまででした →   篠ノ井線 「長野駅」 “夏の青春18切符 信州・飯田線の旅<2018>”  (長野県長野市)

 篠ノ井線から見える絶景を堪能した後は、今夜の宿 塩尻駅へと列車に揺られました。



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中央西線方向へは、みどり湖経由、辰野経由があり、旧線新線がある事にそそられます、




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塩尻駅東口駅舎。

私の地元 大津駅舎と同じような二階建て駅舎ですが、どこから見ても綺麗な塩尻駅舎。
「アルプスワイン」の看板が、信州の駅らしさを強調してくれています。






篠ノ井線 「長野駅」 “夏の青春18切符 信州・飯田線の旅<2018>”  (長野県長野市)

 長野県は、面積が広く、大きな都市がいくつかあり、ターミナル駅もいくつかありますが、一番賑わっているのは「長野駅」
今回は、乗換のための下車で駅舎を見に出る時間はありませんでした。

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目に留まりました。

篠ノ井線の絶景をもう一度 “夏の青春18切符 信州・飯田線の旅<2018>” (長野県)

 
 今回の旅の目的はのひとつは 篠ノ井線の広大な絶景をもう一度見る事でした。
はじめて、篠ノ井線に乗った時、日本にこれほど、広大な果てしなく続く景色はあるのだろうと 感動しました。
その後も何度か見ているけれど、もう一度見たい、そう思わせてくれる景色です。

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ほら、いよいよ見えてきました。

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中央本線 「中津川駅」~「松本駅」  “夏の青春18切符 信州・飯田線の旅<2018>”  (岐阜県・長野県)

 中津川駅から 東へ 松本駅まで。 ここももう何度となく通りました。

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車窓からこの景色を見ると、中央本線に乗っている事を実感します。


JR東海 何度目かの「中津川駅」 “夏の青春18切符 信州・飯田線の旅<2018>” (岐阜県中津川市)

 「暑い夏は乗り鉄がいいな」「広大な信州がいいな」 という思考回路は何年か前と変わりません。夏は自然に中央本線へと足が向いてしまいます。
中央本線で東へと進むと、殆どの場合中津川駅で乗換となります。
何度目の中津川駅でしょう。 青春18切符旅も10年以上続けていると駅舎ゃ駅前風景が変わってしまっている所が多くあります。
中津川駅は何も変わってない、あの頃と同じままで ほっとします。

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 でも見る物は毎回違っています。
物産館には毎回立寄るけど、2015年には「中津川フォークジャンボリー」の記念碑を見つけました。
→ 中央本線 「中津川駅」 -2012夏の青春18切符は乗鉄で-
→ 夏の青春18切符は、東へ

 今回は「半分、青い。」で盛り上がる物産館を見てから、ホームへとすぐ戻りました。
→ 五平餅が食べたい





JR東日本 山手線「原宿駅」 (東京都渋谷区)

大正13年(1924年)竣工
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右屋根の形が変わってる。
ハーフティンバー。
塔屋。
大正モダンを漂わせています。


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日本の中心 東京駅から 山手線に乗って 原宿駅にやってきました。






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ここへ来たのは、間もなく、この駅舎が解体されると聞いたからでした。


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3月に入ったばかりだと言うのに、すでに重機が入っていて、解体は現実であることを実感しました。


JR東日本 「伊東駅」 “伊豆・箱根の旅” (静岡県伊東市)

 昭和13年開業当初からの駅だそうで、手は加えられているでしょうが、基本「そのまま」という駅舎で、趣を感じます。
南国イメージを感じます。

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JR東日本伊東線 伊豆半島へ “伊豆・箱根旅”  (静岡県)


塔ノ沢駅を満喫した後は、一路「小田原駅」へ。

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JR線に乗り換えます。
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信越本線 「長野駅」 “信州・私鉄の旅”  (長野県長野市)

 昨日の早朝長野駅に着いてから丸二日。たくさんの物に出会ったけれど、いよいよ終わりに近づいています。
たくさんの駅に出会え、耳にしていただけの観光地にも立ち寄れました。

足早見た旧軽井沢駅舎記念館も名残惜しいけれど、きっとまた来られる。
そんな思いの中、しなの鉄道「軽井沢駅」を発ちました。


長野駅到着。
手にしているフリー切符、しなの鉄道区間は軽井沢-上田 上田-篠ノ井間のしなの鉄道区間と、篠ノ井-長野間の信越線区間は乗り越しとなります。
清算したら、こんなレシートを渡されました。

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「ラッチ精算額」
JR西日本では見た事ありません。

ラッチとは、自動改札のない頃、駅員さんが立っていたあのコーナーの事です。
その名残で、改札口の事を今も「ラッチ」というのだそうです。

珍しいものを手にすることができました。