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倉吉線鉄道記念館 【山陰めぐりパス 3日目 2018】 (鳥取県倉吉市)

 「山陰めぐりパスの旅」4日間。
いきなり4日目最終日になっていますが、長く続きそうなこのシリーズ。とりあえず、印象的な事から書いています。
倉吉線廃線跡 関金駅~泰久寺トンネル口までをまわったのは帰途に着く日の午前中でした。
3日目倉吉駅に到着して、すぐに倉吉マイス協会(観光協会)で相談して、その日のうちに倉吉線鉄道記念館へと急ぎました。

倉吉駅前からバスで10分。本数は多く、アクセスがとても便利です。
赤瓦・白壁土蔵下車3分。

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倉吉線打吹駅跡付近、公園の一角にあります。
[ 2018/10/31 15:00 ] ▼廃線・未成線 倉吉線 | TB(0) | CM(4)

旧国鉄倉吉線 泰久寺駅跡~山守トンネル入り口 【山陰めぐりパス 4日目 2018】 (鳥取県倉吉市)

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泰久寺橋梁の西に案内標識がありました。



倉吉線の関金~山守間延伸に伴い、開業。旅客営業のみ。
小さなホームですが、残されています。 この集落のみなさん、もしかすると大久寺(町名、駅名は「泰」の文字ですが、お寺は「大」なのだそうです)参拝の方々もこのホームを利用されたのかもしれません。
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駅名標もそのままに!!と 思ってしまうのですが、こちらはレプリカだそうです。

[ 2018/10/28 17:00 ] ▼廃線・未成線 倉吉線 | TB(0) | CM(4)

旧国鉄倉吉線 泰久寺バス停~泰久寺橋梁 【山陰めぐりパス 4日目 2018】 (鳥取県倉吉市)

先程はバスを降りて、築堤が永遠続いている草むらの横を歩き、線路を東へと歩きました(写真手前方向)

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 倉吉線関金駅方面から続く廃線跡を歩いて戻って、振り返れば今朝降りた泰久寺バス停が見えています。
道路沿いのまぁるい小屋がバス停待合室です。

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[ 2018/10/27 09:04 ] ▼廃線・未成線 倉吉線 | TB(0) | CM(0)

旧国鉄倉吉線 泰久寺駅~関金駅 【山陰めぐりパス 4日目 2018】 (鳥取県倉吉市)

 倉吉駅7時45分発 「明高」行 バスに乗車。
倉吉市街を通り、やがてのどかな田園風景へ。 8時37分 「泰久寺」バス停で下車。 倉吉駅から50分。
此処は、2005年(平成17年)に 倉吉市に合併した町です。

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 バスを降りても特に、廃線跡の案内標示があるわけではありませんが、みるからにそれらしきを山手に見る事ができました。
さて、私はここから東へ、関金駅方向へと歩いてしまいました。
地図が読めないのに、地図をじっくり見ないのが私の悪い癖。 いえ、地図をじっくり見ないから いつも間違うのです。
本当は、このまま東へ進んで 山守トンネル手前まで進めば効率良かったのです。
それを ひたすらに東へと歩くから、往復することになってしまいました。 
結果的には、最大の見どころを最後に持ってくることになり、それはそれで良かったのですが。

[ 2018/10/24 21:36 ] ▼廃線・未成線 倉吉線 | TB(0) | CM(2)

旧国鉄倉吉線 【山陰めぐりパスの旅 4日目 2018 】 (鳥取県倉吉市)

 国鉄倉吉線は1912年(明治45年)、当時の上井駅(現倉吉駅)と市街地の倉吉駅(後の打吹駅)を結ぶ「倉吉軽便鉄道」として開業したのが始まりでした。  ~~
 1985年(昭和60年)3月31日 72年の歴史に幕を下ろしました

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 廃線から33年の月日が流れていますが、廃線跡が綺麗に残っています。


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[ 2018/10/24 21:16 ] ▼廃線・未成線 倉吉線 | TB(0) | CM(0)

名鉄 旧谷汲駅<昆虫館> 【2018】 (岐阜県揖斐郡)

 
   駅舎はホーム部分と切符売り場のあるあたりだけだと思っていましたが、左隣接の「昆虫館」は廃線当時駅舎でした。
 平成8年(1996)、廃線の5年前に二階に昆虫館を併設した駅舎に改装されました。

 下調べが甘く、ホームに比べ新しく雰囲気が違うそこもが駅舎だと思わずに写真を撮りませんでした。


 駅舎一階だった部分は売店になっていて、 どうやら二階に展示があるらしい、そういや鉄道資料が展示してあると書いてあったけど。。あらまぁ昆虫館と一緒?

 二階への階段にすでに蝶々の展示が見えています。
昆虫の中でも、特に苦手なのが蝶々。図鑑、テレビで見ているだけでも鳥肌が立ち、たとえ漫画のような「絵」であっても気持ち悪い。。

 んーー どうしましょ。 ここまで来て 鉄道関連の資料を見逃してしまったらもったいない。。




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樽見鉄道の旅 「名鉄谷汲線 ほんの少しだけ廃線跡」 【2018】  (岐阜県揖斐郡)


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名鉄谷汲線終着駅 「谷汲駅」

保存車両の運転席から伸びる線路。
ホームの先から伸びる線路。

線路はどこまで続くのでしょう。

樽見鉄道の旅 「旧名鉄谷汲駅」保存車 【2018】  (岐阜県揖斐郡)

 2001年(平成13年)に、全面廃線となった、名鉄谷汲線。駅舎が保存されているだけでなく、車両も保存されていて、その時代にそのまま戻れる視覚を強めてくれています。



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「モ514」
大正15年(1926)に製造されたという車両。
丸いヘッドライト、丸窓 そしてなんと言っても車両の両端が半円型とも言える程に丸くカーブしています。
カッコいい、シャープさなどを求める現在の車両と違い、まぁるくまぁるく、優しくかわいい車両。
まるでおとぎの国の列車のようなものが、町を走っていた時代、そんな時代に戻ってみたいと思うのです。

樽見鉄道の旅 「名鉄 旧谷汲駅」 【2018】 (岐阜県揖斐郡)

「名鉄旧谷組駅」

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大正15年(1926) 谷汲鉄道が黒野 - 谷汲間を開業
昭和19年(1944) 名古屋鉄道が谷汲鉄道を合併。谷汲線となる
平成13年(2001) 全線廃止

名鉄 谷汲駅は当時の姿を残して保存されています。

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JR東海道本線 守山駅~ 「旭化成守山支社」 引込線  (滋賀県守山市)

 「鉄道ファン」と言ってもその幅は広く、各分野でそれぞれ極めらおられる人がいてその熱心さには驚くばかりです。
私の場合は、ローカル線の「乗鉄」がスタートでした。そのうち、ポツンと山間にある木造駅舎、無人駅、秘境駅、近代建築のどっしりとした駅。。 昭和の駅。。  「駅鉄」とでもいいましょうか。
そこからつながって、廃駅、廃線に惹かれていくのは、世の常?
廃線跡歩きは、胸高鳴る行動のひとつなのに、「方向音痴」も度を越しているような頭。
筑豊鉄道の廃線跡をさがしていて、もうドツボにははまり(本当の土壺ではありません。) 車を停めて「乗せてくださいませんか」なんて言ってしまった経緯があります。

 5年前から楽しく通っている「鉄道歴史研究会」 こちらのメンバーのみなさんも、同じく鉄道史、廃線跡を好み、 当時の地図と現在地図を重ね合わせて廃線跡歩きをしておられる方々がおられ、その手記を読むとまた、なんとも胸が高鳴ります。

 今回 鉄道歴史研究会での懇親会前に 守山駅から旭化成まで伸びていた廃線跡をちょこっとたどってみようという企画。
賢人でいらっしゃるメンバーと共に、当時 この地に住んでいたというメンバーの案内があり、ほんの少しの時間でしたが、楽しい時間を過ごす事ができました。

昭和42年10月1日発行 滋賀県教育会推奨の「滋賀県地図」 には、確かに 守山駅から南北にのびる引込線があります。
このうち北へ伸びるのが旭化成への引込線。 南へ伸びるのは 砂利運搬の為の引込線だったそうです。


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先生が示してくださった 航空写真に書き込まれていた引込線をグーグルマップに書き込むと ほぼこんな感じ。
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途中、道路に転用されている部分が多くあります。

江若鉄道 <旧近江今津駅舎> (滋賀県高島市)

 大正・昭和の時代 湖西を走っていた私鉄「江若鉄道」
近江と若狭をつなぐという夢を乗せ、大正10年 三井寺下駅-叡山駅 開通、 昭和10年 近江今津駅まで全線開通、湖西の人達の足となり活躍しました。

 三井寺下駅の前で育った私は、空地の向こうに見える車両を見ていたし、踏切番の方がおられる踏切を通っていましたが、昭和44年 国鉄湖西線開通を前に廃線となりました。
それでも、私の通学路は長い間、レールのある廃線跡が続き、今もなお 浜大津~しばらくは廃線跡をたどる事ができます。

あれから50年。北への鉄路を夢見るも、叶えられずにいた 終着「近江今津駅舎」は その夢を忘れずにいようという思いを大切にそのままの姿で残っていてくれたのでした。

ここ1.2年解体の噂を聞くようになりました。そして3月はじめ、ついに新聞報道されたのでした。


江若鉄道の歴史を勉強中の 我が 鉄道歴史研究会メンバー。
唯一の駅舎をこの目で、今見ておかずにはいられない思いでいっぱいとなり、慌てて近江今津駅へと向かったのでした。

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[ 2018/03/27 23:17 ] ▼廃線・未成線 江若鉄道 | TB(0) | CM(2)

暗渠。駅跡。散水スプリンクラー。 (滋賀県大津市)

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安養寺さんを出て国道161号(西近江路)を北へ(琵琶湖方向へ)進んですぐ、京阪電車京津線の踏切です。
踏切の東(右)には、前回前々回掲載の擁壁があります。
踏切の手前には昭和46年まで京津線の「上関寺駅」がありました。
利用した事はありませんでしたが、記憶に残っている駅名です。


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線路横のスペースが、三条方面駅ホームの名残です。
奥のお宅は、当時 飲食店をされていたというお話しをご住職さんからお聞きしました。


旧逢坂山隧道東口 至近 「安養寺」 (滋賀県大津市)

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前回掲載の地図と、現在地図の詳細です。

隧道東口を出てすぐの所にある安養寺さん。 その昔 敷地内を旧東海道線が走っていました。

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旧逢坂山隧道東口 (滋賀県大津市)

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旧東海道本線の路線図です。 現東海道本線も薄く書かれていて比較のしやすい地図です。
これは2010年に大津駅で開催されていた「JR東海道本線 「大津駅」 <東海道本線開業120周年パネル展>に展示されていたものです。




西口付近から迂回して東口に到着。国道から少しだけ山の中に入ると、大きなトンネルがふたつ どっしりと 大地に同化して存在しています。
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旧逢坂山隧道西口~旧逢坂山隧道東口  (滋賀県大津市)

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現在地図 旧逢坂山隧道西口から旧逢坂山隧道東口を結ぶ線が、まさしく埋没されたという隧道です。
できれば、モグラにでもなって進んでみたいところですが、現在の道路を迂回して東口まで行ってみることにします。



「逢坂」という場所は、京都と滋賀の境であり、古来から「関」であり難所でありました。
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地中に沈む鉄道浪漫 「旧逢坂山トンネル」  (滋賀県大津市)

京阪電車京津線大谷駅から北へ5分程歩いた所。名神高速道路を見下ろせる場所に石碑が立っています。

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「逢坂山とんねる跡」

裏に回ればこんな文字が彫られています。
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「明治十三年日本の技術で初めてつくった旧東海道線逢坂山トンネルの西口は名神高速道路建設に当りこの地下十八米の位置に埋没したここに時代の推移を思い碑を建てて記念する」


京都市電 -梅小路公園-  (京都市)

前回、営業されてなかった 市電ショップ。今日は営業中。

何かいいものあるかなぁ。

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でも男の子のものがほとんど。 女の子の喜びそうなものって鉄道博物館にも市電ショップにもやっぱりないよなぁ。

軽く会釈して、結局何も買わずに降車。


あ、後ろの車両は無料休憩所でした。
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[ 2017/08/07 17:00 ] ▼廃線・未成線 京都市電 | TB(0) | CM(0)

幻の油須原線との遭遇 (福岡県田川郡)

 平成筑豊鉄道の内田三連橋梁を見た後、平成筑豊鉄道の情報サイトの案内に沿って、赤駅に向かって歩きます。

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方向音痴のくせに橋梁や煉瓦トンネルなどを見つけると近寄ってしまう。
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この橋梁は塞がれていました。


こんなしているうちに、やっぱり道に迷ってしまって再び県道に出たようです。
でもここは、地元の方に教えて頂いて修正できたよう。。




[ 2017/07/20 17:00 ] ▼廃線・未成線 油須原線 | TB(0) | CM(0)

熱海軽便鉄道(熱海鉄道)  (神奈川県)


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熱海駅前にあった、随分と小ぶりな機関車。
まるで、遊園地の遊具のようです。


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青山高原廃線跡めぐりツアー 「国内初 “鹿踏切”  (三重県津市)

 近年 電車と鹿の接触事故は後を絶たず、近鉄の工務部門では「LEDランプ」「獣害防止ロープ」「鹿笛」など、様々な対策をこうじてきましたが、なかなか事故件数も減らない中、電機部門でも何かできないかと考えたのが、「ユーソニック」という超音波を出す装置の設置。
鹿にとって不快な音を発するので鹿は寄り付かず、発せられない時は寄ってくる。
これをうまく利用。 電車の通らない夜間 音を止めることで、鹿は線路を横断することができるようになり、鹿の生態系を崩すことなく「鹿と共存」することに成功しました。

 この結果 鹿との接触事故は大幅に減少し、他路線での導入や、他鉄道会社からの問い合わせもあるそうです。


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