暗渠。駅跡。散水スプリンクラー。 (滋賀県大津市)

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安養寺さんを出て国道161号(西近江路)を北へ(琵琶湖方向へ)進んですぐ、京阪電車京津線の踏切です。
踏切の東(右)には、前回前々回掲載の擁壁があります。
踏切の手前には昭和46年まで京津線の「上関寺駅」がありました。
利用した事はありませんでしたが、記憶に残っている駅名です。


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線路横のスペースが、三条方面駅ホームの名残です。
奥のお宅は、当時 飲食店をされていたというお話しをご住職さんからお聞きしました。


旧逢坂山隧道東口 至近 「安養寺」 (滋賀県大津市)

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前回掲載の地図と、現在地図の詳細です。

隧道東口を出てすぐの所にある安養寺さん。 その昔 敷地内を旧東海道線が走っていました。

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旧逢坂山隧道東口 (滋賀県大津市)

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旧東海道本線の路線図です。 現東海道本線も薄く書かれていて比較のしやすい地図です。
これは2010年に大津駅で開催されていた「JR東海道本線 「大津駅」 <東海道本線開業120周年パネル展>に展示されていたものです。




西口付近から迂回して東口に到着。国道から少しだけ山の中に入ると、大きなトンネルがふたつ どっしりと 大地に同化して存在しています。
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旧逢坂山隧道西口~旧逢坂山隧道東口  (滋賀県大津市)

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現在地図 旧逢坂山隧道西口から旧逢坂山隧道東口を結ぶ線が、まさしく埋没されたという隧道です。
できれば、モグラにでもなって進んでみたいところですが、現在の道路を迂回して東口まで行ってみることにします。



「逢坂」という場所は、京都と滋賀の境であり、古来から「関」であり難所でありました。
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地中に沈む鉄道浪漫 「旧逢坂山トンネル」  (滋賀県大津市)

京阪電車京津線大谷駅から北へ5分程歩いた所。名神高速道路を見下ろせる場所に石碑が立っています。

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「逢坂山とんねる跡」

裏に回ればこんな文字が彫られています。
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「明治十三年日本の技術で初めてつくった旧東海道線逢坂山トンネルの西口は名神高速道路建設に当りこの地下十八米の位置に埋没したここに時代の推移を思い碑を建てて記念する」


京都市電 -梅小路公園-  (京都市)

前回、営業されてなかった 市電ショップ。今日は営業中。

何かいいものあるかなぁ。

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でも男の子のものがほとんど。 女の子の喜びそうなものって鉄道博物館にも市電ショップにもやっぱりないよなぁ。

軽く会釈して、結局何も買わずに降車。


あ、後ろの車両は無料休憩所でした。
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[ 2017/08/07 17:00 ] ▼廃線・未成線 京都市電 | TB(0) | CM(0)

幻の油須原線との遭遇 (福岡県田川郡)

 平成筑豊鉄道の内田三連橋梁を見た後、平成筑豊鉄道の情報サイトの案内に沿って、赤駅に向かって歩きます。

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方向音痴のくせに橋梁や煉瓦トンネルなどを見つけると近寄ってしまう。
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この橋梁は塞がれていました。


こんなしているうちに、やっぱり道に迷ってしまって再び県道に出たようです。
でもここは、地元の方に教えて頂いて修正できたよう。。




[ 2017/07/20 17:00 ] ▼廃線・未成線 油須原線 | TB(0) | CM(0)

熱海軽便鉄道(熱海鉄道)  (神奈川県)


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熱海駅前にあった、随分と小ぶりな機関車。
まるで、遊園地の遊具のようです。


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青山高原廃線跡めぐりツアー 「国内初 “鹿踏切”  (三重県津市)

 近年 電車と鹿の接触事故は後を絶たず、近鉄の工務部門では「LEDランプ」「獣害防止ロープ」「鹿笛」など、様々な対策をこうじてきましたが、なかなか事故件数も減らない中、電機部門でも何かできないかと考えたのが、「ユーソニック」という超音波を出す装置の設置。
鹿にとって不快な音を発するので鹿は寄り付かず、発せられない時は寄ってくる。
これをうまく利用。 電車の通らない夜間 音を止めることで、鹿は線路を横断することができるようになり、鹿の生態系を崩すことなく「鹿と共存」することに成功しました。

 この結果 鹿との接触事故は大幅に減少し、他路線での導入や、他鉄道会社からの問い合わせもあるそうです。


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青山高原廃線跡めぐりツアー 「旧垣内信号所」 (三重県津市)


現東青山駅の北側の広大な面積を持つ公園は「四季のさと」
季節の変化に応じた表情を見せる花や野草のほか、太古の地層も観察できます。
公園の中腹、東から西に綺麗な 旧線の廃線跡が続いています。

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青山高原廃線跡めぐりツアー 「変電所跡」 (三重県津市)


旧東青山駅から、さらに西へ10分ほど、山中を歩きます。

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青山高原廃線跡めぐりツアー 「旧東青山駅」 (三重県津市)

★3月15日 加筆修正しました。

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近畿日本鉄道大阪線 東青山駅到着。


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駅前から出たマイクロバスは、京・大和方面と伊勢を結ぶ初瀬街道(国道165号) を進みます。
伊賀の国から伊勢の国へ入る峠の「青山越え」から3里ほど下ったところ、雲出川支流垣内川の上流部にある宿場町「垣内(かいと)宿」が車窓から見えます。

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10分程バスにゆられた後は、徒歩で山道を歩きます。
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近鉄スタッフの方の雑談ひとつ、、聞き逃すまいと、常に先頭を頑張って歩きました。

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立派な滝を見る事ができて、、旧青山駅を谷間に作ったという事を目で確認できます。

「ここからが心臓破りの坂です」と、息を切らせた頃 
「休憩しまーす」「あと三分の一でーす」
ん? あ。。そんな程度?

東青山駅をバスで出て30分。
目の前の視界が開けた。。

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あー ここなんだぁ。
山の中のこの広い場所に、かつて近鉄が走り、駅があった。
そう。。こんな山の中に。



「市電ひろば」 “梅小路公園”  (京都府京都市)

 子供の頃の「京都」は、家から京阪電車京津線で30分の距離にあったとはいうものの、行動範囲の狭い子供の事。
遠い町で、お出かけの場所でした。
 京都の町に入る、電車が京阪三条の駅に到着する前から、京都市電との交差があり、市電の車両と出会います。
町に入れば、縦横無尽に市電が走っていて、路面電車の走る姿が京都の町風景なんだと思っていました。
 四条通に出れば、道の真ん中を堂々と市電が走っている。
 京都駅前に出れば市電が並んでいる。

 最後に市電に乗ったのは、友達と高野アリーナへスケートに行った時だったでしょう。
今のように、鉄道ファンではなかったから、気が付いたらいつの間にか京都の町から、市電は消えていました。

幼い日の、お出かけの先、家族での楽しい時間を思い出させてくれるのは、やはり  クリーム色と緑の小さな箱。



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 子育てが一段落して京都に魅せられていた頃、京都の町のあちこちで静態保存されている市電をみかけました。
平安神宮・銀閣寺近くの公園・大宮交通公園・烏丸通のビルの中。

  現在 梅小路公園に「市電ひろば」があり、何両かの市電を見る事ができます。


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[ 2017/02/07 22:38 ] ▼廃線・未成線 京都市電 | TB(0) | CM(4)

神都線廃線跡をバスで “人気番組足跡めぐりツアー” (三重県伊勢市)

 一週間のご無沙汰です。。いえいえ、11日間のご無沙汰です。
娘家族の帰省、お盆にまつわる親戚とのおつきあいetc・・ パソコンに向かえない日が続き、その余韻に包まれ、やっと落ち着いた日が戻ってきました。
 その間には大家族での鳥羽・伊勢旅行もあり、今年はどうも伊勢方面に縁があります。





 ブラタモリ足跡めぐりツアー。
宇治山田駅のバス転車台から、いよいよバスは出発。。

昭和36年~平成6年まで(途中休止あり)の間、宇治山田駅3階バスターミナルからこのようにバスが発着していました。
今、その坂をゆっくりとと再びバスで下る。。

さらに、バスは、かつて伊勢市内を走っていた路面電車、神都線の廃線跡を走ります

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途中何ヶ所か、かつての駅名標が掲げられている場所がありました。

近鉄宇治山田駅ホーム横 バス道を登る。。待っていたのは神都バス “人気番組足跡めぐりツアー” (三重県伊勢市)

 
 8時30分宇治山田駅集合の後は、伊勢神宮や伊勢の町をブラタモリでタモリさんと一緒に歩いておられた方とともに回りました。
でも、みなさん お目当ては、宇治山田駅横のバス道を登る事、バスで通る事。
「伊勢神宮」と言えば、年配のご夫婦が多いかと思っていたのですが、男性95パーセント。みなさん鉄道ファン。
女性一人の参加は私一人です。
生まれつき、おとなしく女の子らしい遊びしかしてこなかったし、性格はまるっきり女性なのに、趣味の世界に限ってなぜか男性中心の世界。月二回の鉄道学習会も貴重な女性と大事にして頂いています。


 ツアー最後のメインイベント。
宇治山田駅のバス道下です。

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「住友別子鉱山鉄道 廃線跡」 “あかがねのまち新居浜ブロガー旅行記” (愛媛県新居浜市)

「住友別子鉱山鉄道 廃線跡」 “あかがねのまち新居浜ブロガー旅行記”

住友別子鉱山鉄道は、1977年(昭和52年)まで愛媛県新居浜市において鉱石輸送や旅客輸送を行っていた住友金属鉱山運営の鉱山鉄道(一時期地方鉄道)の通称です。
伊予鉄道に続く愛媛県で2番目の鉄道(山岳鉱山鉄道としては日本初)として1893年(明治26年)に開業しました。

昭和4年から昭和30年まで旅客を乗せていたので、新居浜の人々の生活に密着していた鉄道だったことでしょう。

全廃は昭和52年(1977年)ですが、今も町のあちこちにはっきりとわかる廃線跡があります。


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マイントピア別子あたりでは、はっきりと線路までが残っています。

企画展「江若鉄道の思い出」 (滋賀県大津市)

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 現在 大津市歴史博物館で開催中の「江若鉄道の思い出」
初日の朝に足を運びました。


玄関を入ってすぐ、目をひくのが 三井寺下駅のジオラマ。
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 三井寺下駅のすぐ近くに住んでいたのに構内を見た事は一度もなく、垣間見えていた懐かしい建物が どのような位置にどんな風に建ち、どのような役目を果たしていたのかが、ジオラマからわかります。


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[ 2015/03/24 06:00 ] ▼廃線・未成線 江若鉄道 | TB(0) | CM(6)

企画展「江若鉄道の思い出」 <江若鉄道の痕跡さがし> (滋賀県大津市)

「JR西日本 北陸本線3セク移管直前旅」は、小休止。




 幼い日の思い出を、たぐり寄せることが心地よく、懐古趣味であるのは、幼い日の時間が幸せであったからでしょう。
両親の愛情を一心に受けて、穏やかな日々を過ごしていたからだろうと、感謝しています。




 現在、大津市歴史博物館で開催中の「江若鉄道の思い出」 

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江若鉄道とは、その名の通り近江と若狭とを結ぶ事を目的に設立された鉄道。
1921年(大正10年)に滋賀県の三井寺下-叡山間。10年後の1931年(昭和6年)に浜大津 - 近江今津間51kmが開通しました。
ところが、湖西線開通が決定。1969年(昭和44年)に廃線となりました。

 幼い日々を過ごしたのは三井寺下駅。 毎日、江若電車を見て育ち、幼い日の情景の隅にはいつも江若がありました。
鉄道好き、思い出好き の私が、「江若鉄道の思い出」という企画展示を見逃すわけがありません。


初日の3月7日の朝から見にいきました。


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勿論、関連講座は三つとも参加させて頂きます。


[ 2015/03/23 06:00 ] ▼廃線・未成線 江若鉄道 | TB(0) | CM(8)

「手柄山交流ステーション モノレール展示館」<中播磨旅モニターツアー> (兵庫県姫路市)

#昭和レトロ
<中播磨旅モニターツアー>

「手柄山交流ステーション モノレール展示会」

2009年11月 姫路モノレールの終着駅「手柄山駅」改修に先立って、長い間駅の中に眠っていた車輌の公開と、資料展示がありました。
その時の様子を記事にしていますので 是非ご覧くださいませ。
→ 姫路モノレール 車輌">姫路モノレール 車輌
→ 姫路モノレール資料展示 <於・旧駅舎3階コンコース> ">姫路モノレール資料展示 <於・旧駅舎3階コンコース> 


あの時、アンケートに色々書きました。
「モノレールを再び走らせて欲しい」
「モノレール跡を散策できるように整備して欲しい」

1年半後の 2011年(平成23年)4月29日、旧駅舎の外観は維持したまま改修、、ホール施設・モノレール展示室・水族館を併設した手柄山交流ステーションとしてオープンしました。


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昭和遺産 姫路モノレール跡 <中播磨旅モニターツアー> (兵庫県姫路市)

#昭和レトロ
<中播磨旅モニターツアー>


「昭和遺産 姫路モノレール跡」

 姫路駅前の「そのまま」の町の心地良さに酔いしれていると、やがて煙突のようなものをつけたビルが見えてきます。
このビルがまた、いかにも昭和っぽい造りで煙突は同時に付随していたものだろうと、思い巡らせたりします。

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実はこれ、1966年に開催された姫路博覧会に合わせて姫路市が整備した「姫路モノレール」の橋桁なのです。
姫路駅から、会場の手柄駅までの1.8キロを結んでいました。





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