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ミニ企画展 江若鉄道 (滋賀県大津市)

 江若(こうじゃく)鉄道は1921年 大津市の三井寺-叡山間で開業、1931年に浜大津-近江今津間で全域が開通しました。
幼い頃 三井寺下駅の近くに住んでいた私は 江若の走る姿を 親に連れられ買い物に行く時、幼稚園、小学校、銭湯へ行く時等、日常的に見ていました。
1969年、小学校5年の時 湖西線の建設に伴い廃線となりました。
当時、まだ鉄道には目覚めていなかったし、廃線跡に興味があったわけでなく、線路がいつ撤去されたか、遮断機がいつ撤去されたのかも記憶にありません。
きづいたら三井寺下駅の構内跡はガランとした広場になっていて、建物だけが残っていました。
自宅から皇子山中学を行く線路は撤去されずに残っていて 線路の上を、平均台に見立ててキャッキャッ騒ぎながら通いました。
幼い日の日常風景だった江若の走る姿は、幼い日母と過ごした日々情景とつながります。
過去2回開催されてきた、大津市歴史博物館での江若関連の企画展は、とっぷりと思い出に浸らせて頂きました。


そして今回の「江若展」は、びわ湖鉄道歴史研究会が協賛。 私など、何もしていませんが違った形で寄り添えるようになった事に喜びを感じています。


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[ 2019/10/11 22:02 ] ▼廃線・未成線 江若鉄道 | TB(0) | CM(2)

南薩鉄道 「永吉駅」付近 (鹿児島県日置市)


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永吉川橋梁跡から続いていただろう築堤の横に自転車道が続きます。


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[ 2019/06/30 17:00 ] ▼廃線・未成線 南薩鉄道 | TB(0) | CM(0)

南薩鉄道「永吉川橋脚」  (鹿児島県日置市)

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南薩鉄道 永吉川橋脚。


[ 2019/06/29 17:00 ] ▼廃線・未成線 南薩鉄道 | TB(0) | CM(4)

南薩鉄道 「南多夫施駅」 (鹿児島県南さつま市)


 主人の育った地域に「南薩鉄道」という私鉄が走っていた事は、廃線跡に興味を持ち始めた頃に知りました。
聞けば、のんびりのんびりコトコトコトコト揺られながら何度も乗った記憶があると懐かしそうに話してくれたのでした。

 今回目指す場所は南薩鉄道の走っていた場所でもあるのですが、土地勘がまったくありません。
そして 義弟がまた車を停めてくれました。


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案内板に沿って真っすぐ道路が伸び、それに沿うように廃線跡らしきが続いています。
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「南薩鉄道」
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 南薩鉄道は、鹿児島本線の伊集院より薩摩半島を縦断し、枕崎に達する49.6キロの本線、加世田~薩摩万世を結ぶ万世線2.5キロ、阿多~知覧を結ぶ知覧線16.3キロ 総延長68.1キロにも及ぶ大きな路線でした。
 終戦直後からは輸送需要も増え、昭和30年頃には最盛期を迎えましたが、昭和59年(1984)に廃線となりました。
 意外に、廃線時期が 比較的最近であり結婚後も走り続けていた事で、もう少し、鉄道に興味があれば乗車する事が出来たのではと思ってしまいます。



[ 2019/06/16 17:00 ] ▼廃線・未成線 南薩鉄道 | TB(0) | CM(11)

伊勢電気鉄道 廃線跡めぐりオフ会(研究会)  「中勢鉄道の遺構」 (三重県津市)

 途中の雨で行程を短く切り上げた場所があり、時間に余裕が出来たので、おまけの遺構見学。

津市の中央を流れる岩田川の南詰め「岩田橋駅」から、現在のJR名松線で「伊勢川口駅」で接続していた路線が「中勢鉄道」。
1943年(昭和18年)に廃線となっています。
65年以上の年月が経過しているというのに、立派な橋台が残っています。

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横を走っている線路は現役の紀勢本線。
中勢鉄道は紀勢線をオーバークロスしていたのです。




[ 2019/03/28 17:00 ] ▼廃線・未成線 中勢鉄道 | TB(0) | CM(0)

伊勢電気鉄道 廃線跡めぐりオフ会(研究会) 「三渡川橋梁跡」 (三重県津市)

雲出川手前で途切れた近鉄道路(伊勢天気鐵道廃線跡)は 雲出川南で復活。そのまま南下して再び三渡川手前で途切れます。

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国道23号西に併走している道路が近鉄道路です。

三渡川手前の廃線跡は、津の喧騒に?埋もれたような静かな場所。
堤防が立ちはだかっていますが、橋台橋脚が残っています。


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伊勢電気鉄道 廃線跡めぐりオフ会(研究会) 「雲出川橋梁アプローチ」 (三重県津市)

 地元の方に「近鉄道路」と呼ばれている道路は、伊勢電気鉄道(近畿電気鉄道伊勢線)の廃線跡を利用したものです。
1970年代に整備され今では、併走する国道23号のバイパス的役割を果たす重要な道路となっています。
Googleマップにも「近鉄道路」との表記がありました。

安濃川橋梁の南から約9キロにわたって近鉄道路は続きますが、雲出川手前で途切れています。

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19031906.jpg 左地図国道23号西に併走している道路が近鉄道路。雲出川の手前で途切れています。




「どうして?勿体ない」と思ってしまいますが、実はしっかりと廃線跡は残っています。

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画面を横切る桜並木の築堤が伊勢電気鉄道の廃線跡なのです。



伊勢電気鉄道 廃線跡めぐりオフ会(研究会) 「岩田川橋梁(津興橋)」  (三重県津市)

【岩田川橋梁(津興橋】

 廃線跡はそのまま道路として利用される事が多く、伊勢電気鉄道でも幹線道路として利用されていて「近鉄道路」と呼ばれています。
 伊勢電鉄最大の遺構と言っても過言ではない「岩田川橋梁(津興橋)」は、鉄道橋をそのまま道路に転用しています。

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水道橋がかなり邪魔していて見にくいですが、赤茶色のガータ橋が見えます。
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なんとか、水道橋を避けて写真を撮ってみてもこんな感じです。



反対側ならすっきり見えるだろうと思いますが、実は、この珍しい橋は架け替えが決定していて、現在 仮橋建設中。
対岸から伸びてきた仮橋がもう少しでこちらの岸に到達しそうです。
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伊勢電気鉄道 廃線跡めぐりオフ会(研究会) 「津新町駅」周辺 (三重県津市)

 
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地図上に「近鉄伊勢線 部田(へた)駅跡とのあります。 
バスに乗っている時、「部田駅跡です」と言われたのはここだったでしょうか、曖昧な記憶です。
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伊勢電気鉄道は南へ。 安濃川を渡ります。

安濃川橋梁跡には橋台が残っています

【安濃川橋梁跡】
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南側(松坂側)は民家の敷地の基礎部分に埋もれています。

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北側も気をつけてみていないと、見落としてしまいそうです。

伊勢電気鉄道 廃線跡めぐりオフ会(研究会) 「高田本山駅」周辺 (三重県津市)

 唐突に2月に東京へ行った時の記事。感動の冷めやらぬうちにと思っていたのですが、途中 ボランティアライターをさせて頂いている“まちづくり大津”の方への投稿記事に時間がかかり、さらにその後 伊勢電気鉄道の廃線跡めぐりに参加させて頂きましたので、記憶の薄れないうちに、その様子を記事にさせて頂きます。



 Facebookで知り合った方との ご縁で近鉄のグループに入れて頂く事ができました。何度となく廃線跡ツアーにお誘い頂いたのですが基本日曜は休みでないのでなかなか参加することができませんでした。
念願かなってやっと参加。
ただ、三重県の鉄道網に関してはまだまだ疎く、廃線跡についても頭には入っていません。
帰ってから資料と写真と検索で行程と場所を確認です。事後研究です。

「伊勢電気鉄道」は大正から昭和初期、三重県地方を中心とする路線を保有した鉄道会社。
伊勢神宮への直通路線を建設しましたが、過剰投資によって最終的には経営に行き詰まり、破綻しました。
江戸橋以北の路線は現在近畿日本鉄道(近鉄)の名古屋線・鈴鹿線ほかとなっているのですが 伊勢線として残った江戸橋以南の路線は廃線となり今も遺構がたくさん残っています。

津駅集合。
早速、鉄道ファンらしい領収書を受け取ります。
そうです。このツアーは 鉄道ファン、特に廃線跡好きのグループのツアー。
何度か参加させて頂いていますが みなさんの熱心さ、知識の豊富さ、探求心の鋭さには驚かされます。
ガイドの方のお話もさることながら、参加者のつぶやきにも耳を傾けていれば、どんどん情報が入ってくるのです。

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廃線跡めぐりは、天候の都合で順不同となりましたが、混乱するので北から南へたどって行きます。
伊勢電気鉄道の知識、土地勘がないので間違いがあるかもしれませんので、お気づきになった方は教えてくださいませ♪


江戸橋駅は現在の近鉄江戸橋駅付近にあり、その遺構の一部は江戸橋駅構内に残されているようです。
さらに江戸橋駅の北1.7キロあたりに「高田本山駅」(開業時は一身田町駅)がありました。
バスで少し移動、高田本山駅に向かって歩きます。

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「すでにこの高まりが、廃線跡そのものですよ」とのお言葉。

こんなにわかりやすい形で残っているものなの?と驚いたのは早い。。 この後、これでもかというほどの遺構に出会う事になります。

倉吉線鉄道記念館 【山陰めぐりパス 3日目 2018】 (鳥取県倉吉市)

 「山陰めぐりパスの旅」4日間。
いきなり4日目最終日になっていますが、長く続きそうなこのシリーズ。とりあえず、印象的な事から書いています。
倉吉線廃線跡 関金駅~泰久寺トンネル口までをまわったのは帰途に着く日の午前中でした。
3日目倉吉駅に到着して、すぐに倉吉マイス協会(観光協会)で相談して、その日のうちに倉吉線鉄道記念館へと急ぎました。

倉吉駅前からバスで10分。本数は多く、アクセスがとても便利です。
赤瓦・白壁土蔵下車3分。

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倉吉線打吹駅跡付近、公園の一角にあります。
[ 2018/10/31 15:00 ] ▼廃線・未成線 倉吉線 | TB(0) | CM(4)

旧国鉄倉吉線 泰久寺駅跡~山守トンネル入り口 【山陰めぐりパス 4日目 2018】 (鳥取県倉吉市)

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泰久寺橋梁の西に案内標識がありました。



倉吉線の関金~山守間延伸に伴い、開業。旅客営業のみ。
小さなホームですが、残されています。 この集落のみなさん、もしかすると大久寺(町名、駅名は「泰」の文字ですが、お寺は「大」なのだそうです)参拝の方々もこのホームを利用されたのかもしれません。
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駅名標もそのままに!!と 思ってしまうのですが、こちらはレプリカだそうです。

[ 2018/10/28 17:00 ] ▼廃線・未成線 倉吉線 | TB(0) | CM(4)

旧国鉄倉吉線 泰久寺バス停~泰久寺橋梁 【山陰めぐりパス 4日目 2018】 (鳥取県倉吉市)

先程はバスを降りて、築堤が永遠続いている草むらの横を歩き、線路を東へと歩きました(写真手前方向)

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 倉吉線関金駅方面から続く廃線跡を歩いて戻って、振り返れば今朝降りた泰久寺バス停が見えています。
道路沿いのまぁるい小屋がバス停待合室です。

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[ 2018/10/27 09:04 ] ▼廃線・未成線 倉吉線 | TB(0) | CM(0)

旧国鉄倉吉線 泰久寺駅~関金駅 【山陰めぐりパス 4日目 2018】 (鳥取県倉吉市)

 倉吉駅7時45分発 「明高」行 バスに乗車。
倉吉市街を通り、やがてのどかな田園風景へ。 8時37分 「泰久寺」バス停で下車。 倉吉駅から50分。
此処は、2005年(平成17年)に 倉吉市に合併した町です。

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 バスを降りても特に、廃線跡の案内標示があるわけではありませんが、みるからにそれらしきを山手に見る事ができました。
さて、私はここから東へ、関金駅方向へと歩いてしまいました。
地図が読めないのに、地図をじっくり見ないのが私の悪い癖。 いえ、地図をじっくり見ないから いつも間違うのです。
本当は、このまま東へ進んで 山守トンネル手前まで進めば効率良かったのです。
それを ひたすらに東へと歩くから、往復することになってしまいました。 
結果的には、最大の見どころを最後に持ってくることになり、それはそれで良かったのですが。

[ 2018/10/24 21:36 ] ▼廃線・未成線 倉吉線 | TB(0) | CM(2)

旧国鉄倉吉線 【山陰めぐりパスの旅 4日目 2018 】 (鳥取県倉吉市)

 国鉄倉吉線は1912年(明治45年)、当時の上井駅(現倉吉駅)と市街地の倉吉駅(後の打吹駅)を結ぶ「倉吉軽便鉄道」として開業したのが始まりでした。  ~~
 1985年(昭和60年)3月31日 72年の歴史に幕を下ろしました

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 廃線から33年の月日が流れていますが、廃線跡が綺麗に残っています。


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[ 2018/10/24 21:16 ] ▼廃線・未成線 倉吉線 | TB(0) | CM(0)

名鉄 旧谷汲駅<昆虫館> 【2018】 (岐阜県揖斐郡)

 
   駅舎はホーム部分と切符売り場のあるあたりだけだと思っていましたが、左隣接の「昆虫館」は廃線当時駅舎でした。
 平成8年(1996)、廃線の5年前に二階に昆虫館を併設した駅舎に改装されました。

 下調べが甘く、ホームに比べ新しく雰囲気が違うそこもが駅舎だと思わずに写真を撮りませんでした。


 駅舎一階だった部分は売店になっていて、 どうやら二階に展示があるらしい、そういや鉄道資料が展示してあると書いてあったけど。。あらまぁ昆虫館と一緒?

 二階への階段にすでに蝶々の展示が見えています。
昆虫の中でも、特に苦手なのが蝶々。図鑑、テレビで見ているだけでも鳥肌が立ち、たとえ漫画のような「絵」であっても気持ち悪い。。

 んーー どうしましょ。 ここまで来て 鉄道関連の資料を見逃してしまったらもったいない。。




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樽見鉄道の旅 「名鉄谷汲線 ほんの少しだけ廃線跡」 【2018】  (岐阜県揖斐郡)


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名鉄谷汲線終着駅 「谷汲駅」

保存車両の運転席から伸びる線路。
ホームの先から伸びる線路。

線路はどこまで続くのでしょう。

樽見鉄道の旅 「旧名鉄谷汲駅」保存車 【2018】  (岐阜県揖斐郡)

 2001年(平成13年)に、全面廃線となった、名鉄谷汲線。駅舎が保存されているだけでなく、車両も保存されていて、その時代にそのまま戻れる視覚を強めてくれています。



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「モ514」
大正15年(1926)に製造されたという車両。
丸いヘッドライト、丸窓 そしてなんと言っても車両の両端が半円型とも言える程に丸くカーブしています。
カッコいい、シャープさなどを求める現在の車両と違い、まぁるくまぁるく、優しくかわいい車両。
まるでおとぎの国の列車のようなものが、町を走っていた時代、そんな時代に戻ってみたいと思うのです。

樽見鉄道の旅 「名鉄 旧谷汲駅」 【2018】 (岐阜県揖斐郡)

「名鉄旧谷組駅」

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大正15年(1926) 谷汲鉄道が黒野 - 谷汲間を開業
昭和19年(1944) 名古屋鉄道が谷汲鉄道を合併。谷汲線となる
平成13年(2001) 全線廃止

名鉄 谷汲駅は当時の姿を残して保存されています。

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JR東海道本線 守山駅~ 「旭化成守山支社」 引込線  (滋賀県守山市)

 「鉄道ファン」と言ってもその幅は広く、各分野でそれぞれ極めらおられる人がいてその熱心さには驚くばかりです。
私の場合は、ローカル線の「乗鉄」がスタートでした。そのうち、ポツンと山間にある木造駅舎、無人駅、秘境駅、近代建築のどっしりとした駅。。 昭和の駅。。  「駅鉄」とでもいいましょうか。
そこからつながって、廃駅、廃線に惹かれていくのは、世の常?
廃線跡歩きは、胸高鳴る行動のひとつなのに、「方向音痴」も度を越しているような頭。
筑豊鉄道の廃線跡をさがしていて、もうドツボにははまり(本当の土壺ではありません。) 車を停めて「乗せてくださいませんか」なんて言ってしまった経緯があります。

 5年前から楽しく通っている「鉄道歴史研究会」 こちらのメンバーのみなさんも、同じく鉄道史、廃線跡を好み、 当時の地図と現在地図を重ね合わせて廃線跡歩きをしておられる方々がおられ、その手記を読むとまた、なんとも胸が高鳴ります。

 今回 鉄道歴史研究会での懇親会前に 守山駅から旭化成まで伸びていた廃線跡をちょこっとたどってみようという企画。
賢人でいらっしゃるメンバーと共に、当時 この地に住んでいたというメンバーの案内があり、ほんの少しの時間でしたが、楽しい時間を過ごす事ができました。

昭和42年10月1日発行 滋賀県教育会推奨の「滋賀県地図」 には、確かに 守山駅から南北にのびる引込線があります。
このうち北へ伸びるのが旭化成への引込線。 南へ伸びるのは 砂利運搬の為の引込線だったそうです。


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先生が示してくださった 航空写真に書き込まれていた引込線をグーグルマップに書き込むと ほぼこんな感じ。
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途中、道路に転用されている部分が多くあります。