筒石駅 次の電車まで1時間15分。
でも、地上に出るまで結構時間かかったような気はするけど。。
駅周辺を少し歩いてみます。
駅への取り付け道路を出ると、さほど交通量の多くない一般道が走っています。
目の前には、北陸道。



二本の北陸道を頭上に見て、目の前遠くには海が広がっています。

特急が運休するほどの荒天日。
傘をさしても、飛ばされる。
フードをかぶっても飛ばされる。
横殴りの小雨が降る。
カメラのレンズを手で覆いながらの撮影で、全体に鮮明でない写真ばかりになりました。
お天気のいい日なら、綺麗に日本海を見落とせたでしょうに。
でも多分、ここりあたりは、地形的に晴天日が少ないように思います。
次の電車まで1時間15分。
駅の前にある、案内板を見ると道の駅が近くにあるようなんで、遅い朝食でも取ろうと思いました。
ただ、海側に行く道がないようなので、大周りしないと行けません。

手前方向へと歩きます。
高速道路に対しての一般道ですが、意外に交通量は少なく車とすれ違った記憶すらありません。
強く冷たい風が吹き荒れ、みぞれ交じりの雨がうちつけてきて、激しさと寂しさを感じます。
でも、そういうのが好きだから平気でした。


この先の信号左折? まだ信号は見えていません。もう15分以上歩いているけど、縮尺が思っている以上に小さかったんだと、引き返す事に。
となれば、今度はじっくりと道路脇に目をやりましょう。
「歌外波小学校の建設資金の一部は簡易生命保険の積立金の一部から、、、、」と、ありますが、この小さな坂を登るのでしょうか? 人が通っているような感じじゃないけれどなぁ。。


調べて見ると平成17年廃校との事でした。
日本海を見下ろせる場所にある小学校 その名も「歌外波」 壮大な夢があるような小学校だと思いました。
道路に沿ってある、石垣はなんでしょう?
近年作られた公園?施設? それとも歴史的なもの? 気になりますが、検索してもわかりませんでした。



営業されているのかどうか、民宿があります。
高架道路が出来る前は、目の前に砂浜が広がっていたそうですから、海水浴に最適の宿だったでしょう。


荒天のせいか、時期的なものか 人っ子一人いない寂しい場所ですが、見所がたくさんある魅力的な場所のよう。
こんな自然歩道も歩いてみたいけれど、一人では危ないなぁ。


駅の東側へ少し歩くと、水上勉記念碑が、ひそかにありました。



さらに こんな案内板。
「浜」? 海にいける道があるんだぁ。。と 雨に濡れた陸橋に登ってみました。

陸橋を降りると。。
うわぁ~ 海に立つ北陸自動車道の橋脚が目の前!!
冬の荒海がそこにあって、橋脚がある。。
こんな景色をいつまでも見ていたい。。
親不知駅で降りて、歩いて良かった。。




北陸本線のトンネルも、橋脚の間から見えました。
傘がさせないほどの風の中、陸橋を登りながら 思いました。
やっぱり 私の旅には誰もついてこられない。
だれが、こんな無人駅で降りて、寒風の中 何かないか何かないか。。と歩くでしょう?
「私も電車好きやし、今度一緒に連れてって~」「ひとり旅なんて寂しい事してんと、一緒に行こうなぁ。
「ご主人と行ったらいいのに。。」
とても無理でしょ?
綺麗に整備された景勝地へ行きたいし、旅館で朝ごはん食べてゆっくり出かけたいでしょ?
私が今回、一番 衝撃を受けた駅。
一番 心地よかった駅。
「親不知駅」です。
翌朝。いつもの如く早い電車に乗るので、ホテルを出るのは6時過ぎ。
昨日は人が多いのと夕刻なのとで、町の様子はわからなかったけれど、一筋中へ入れば なかなか懐かしい雰囲気を持っている町でした。

甘党の私は、どこへ行ってもこんなお店が気になります。

あ、此処が「小松パーラー」なんだ。。
長岡で一番老舗の洋食店。 此処こそが、「洋風カツ丼」発祥の地で、ここでお仕事されていた方が、昨日訪れた「ナカタ」で味を引き継がれているのです。
店主がお亡くなりになって閉店されたとの事ですが、この風貌からしても残っていれば、なんとも言えないお店だったでしょうにとても残念です。


ここは? 工場? 旅館? 遊郭?

遺構は、残っていないそうです。

ウィキペディアによりますと、駅前商業施設は昭和30年頃から大きく変遷しているようです。
参考

今回、宿泊させて頂いたホテルは、長岡駅前の「ホテルインパクト」 3500円。
私の場合、宿は寝るだけの場所で、駅に近ければどこでもいいので最安値を探します。
このお値段で、フロントは24時間体制で愛想がとてもいい、部屋に入ればほのかな灯と冷房も効いていました。設備も十分、清潔。
今まで 多くのリーズナブルな宿に宿泊させて頂きましたが、こちらほど いいホテルはありませんでした。
次回、このあたりを訪れることがあれば、また利用したいと思っています。
長岡のB級グルメと言えば「洋風カツ丼」だそうです。
→
「長岡 食の陣」 長岡花火大会前夜祭のため人でいっぱいの大手通を持ってきた地図に従って歩きます。
大手通を少し入った所にいるのが「レストラン ナカタ」
建物の脇の細い階段を上っていくスタイルは、昔ながらの懐かしい感じ。

店内もこじんまりとは、していますが、「正統派洋風レストラン」
その昔、私のような世代は「お子様ランチ」を私の親世代は「Aランチ Bランチ」をおめかしして楽しんだのだろうなぁ。。
この日も、家族連れでいっぱいでした。

迷わず、これでしょ♪

そうなんです。長岡のカツ丼はお皿に盛られていて ソースはケチャップかドミグラス。
こちらはケチャップなんですが、一般的なケチャップよりも薄くとろっとした感じでした。

カツはカリカリ。。お味は薄く感じましたが満足の一品。
ちよっと贅沢にコースを注文したので ケーキとドリンクも。


階段の壁には、来店者の写真がたくさん貼ってありました。

長岡駅の改札口を出ると、人がいっぱい。
北陸の新幹線乗換駅と言うのはこんな感じなのかな? でも「臨時Suica専用」って?

ショッピングゾーンも人ぶ溢れかえっています。

ん? 何かイベントでもありそうな気配。カメラクルーもいらっしゃる。
人の多さに驚きながら、まずはホテルにチェックイン。フロントでお尋ねしたら 長岡大花火大会の前日だと言うこと。。 しかも長岡の花火は「日本三大花火大会」と言われているそうで。。
関西人特に滋賀人の私は、PLの花火大会と、びわ湖花火大会が全国的に上位かと思いきや、どうやら 土浦・大曲・長岡らしい。。
いやいや。。だから 8/2のホテルの予約は出来なくなっていたんだなぁと今頃納得。

→
「長岡まつり12」触れ太鼓に始まり、22時まで、駅前の大手町通は前夜祭が続きます。




私が町に出たときは、「民謡流し」の最中でした。
一日遅かったら、花火が見られた? いえいえ、宿も取れないし、電車も満員だった事でしょう。

赤い屋根の洋館の、すぐ近くにある「旧高野写真館」
昭和3年(1928年)建築。
昭和29年の駅前が大火に遭いましたが外壁が残り復元されました。旧糸魚川町以来の古い写真が保存され歴史資料としても貴重なものです。
登録有形文化財指定。

糸魚川駅前を歩いていて出会った、上品な洋館。

赤い瓦屋根、切り取った角のアール窓。。

加賀街道に面している、この建物が目にとまったのは、半円形の囲いが不思議だったから。
よく見るとここは「銭湯」


男女別の入口は、暖簾で囲われている事が多いですが、こちらはぐるっ。。囲われていて、こうなるとプライバシーがしっかり守られそうで、安心です。。
こちらの銭湯に入られた方の記事かありました。 → http://www7a.biglobe.ne.jp/~masayuki/inoueyokujyoitoigawa20050824.html

糸魚川駅前を歩いていて目につく、板張のこの建物は「旧安藤医院」
1931年(昭和6年)建築です。


糸魚川駅前の町は、静かにそのままの姿を保っているので、安藤医院さんも町に溶け込んでいました。
お隣に新しい病院が建っています。

北国の駅前を歩くのも始めて。。
旧加賀街道が海岸線と平行に東西を直線的に走る本町通り商店街に、雪国文化を特徴づける昔ながらの雁木が保存され、新しく修景された木製アーケードと相まって、レトロな雁木の街並みが続いています。


始めて見る「雁木商店街」
「雁木」とは、 雪国の商店街に見られる雪よけの屋根の事です。