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木曽殿の最後の地・膳所を訪ねて 「膳所城まとめ」 (滋賀県大津市)

 「膳所」=「ぜぜ」は難読地名のひとつだそうですが、「ぜぜ」は漢字を知る前から耳慣れた地名。
それほどの地元に住みながらも、「膳所公園のところにお城があったらしい」そんな程度の認識しかなく今まで生きてきました。

 今回の「ブロガーによる歴史探訪情報発信」に、参加させて頂いたおかげで 膳所城について多くを知ることが出来ました。
 北惣門跡、大手門跡、勢田口門跡、徒歩範囲ではあるものの、どれほど大きなお城であったかこれは、それぞれ歩いてまわって頂ければ感じることが出来ると思います。

「膳所城」
関が原の戦いに勝利した徳川家康が、昔から「瀬田の唐橋を征するものは天下を征する」と言われた瀬田の唐橋に近い膳所の地に城造りの名手と言われた藤堂高虎に造らせたもの。
明治3年(1870年)新政府の早期実現を望む藩士達により、廃城の太政官布告が出された翌日よ建物の解体・移築が行われた。

 しかし、膳所城や関連建造物の「門」は廃棄される事なく、神社等に移築されたおかげで今もあちらこちらに残されているのです。



膳所神社 = 本丸大手門 城門

若宮八幡宮表門 = 本丸の犬走門 
響忍寺表門 = 藩家老村松八郎右衛門の屋敷門
和田神社表門 = 藩校遵義堂表門



 残念ながら、膳所城の姿はありませんが、膳所城跡公園があり、各門跡の碑が建ち、移築門が城下町に数多く残されているのに、地元民ですら知っている人は少ないでしょう。。
 このような歴史ある地をもっとみなさんに知って頂くためには、わかりやすいパンフレットや、ルートマップの作成、勿論PR活動も大事です。そして道路のカラー舗装。説明盤の統一化、整備等をしていく事が大事ではないかと。。。 生意気に思ってみたりしました。。



 また大津歴史博物館には、膳所城の模型が展示されています。
大津歴史博物館 【膳所六万石】




[ 2012/08/11 21:45 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(1)

木曽殿の最後の地・膳所を訪ねて 「今井兼平の墓」 (滋賀県大津市)

木曽殿の最後の地・膳所を訪ねて

【今井兼平の墓】


 旧東海道 近江八景のひとつ「粟津の晴嵐」
膳所から粟津までの琵琶湖岸に松並木がありました。今もかすかにその面影を残しているのがこのあたりです。
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「今井兼平の墓」はその少し先を奥に入った所にあります。


今井兼平は、木曽義仲の家臣で、木曽義仲が戦い破れ悲壮な最期を遂げたと知ると、自ら刀を口に逆立てて馬から飛び降り自害しました。

江戸時代になって、兼平を尊敬した膳所(ぜぜ)藩主本多俊次(ほんだとしつぐ)が墓を建立したと伝えられています

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[ 2012/08/10 23:01 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(0)

木曽殿の最後の地・膳所を訪ねて 「本多神社」 (滋賀県大津市)

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琵琶湖岸を走る通称「湖岸道路」からほんの少し入った、民家や集合住宅の奥に、歴史ある神社があるなんて事は、殆どの人は気付かないでしょう。私も滋賀に生まれ育ち、湖岸道路を通っていても、この日 始めて知りました。


「本多神社」
旧膳所城瓦ヶ浜御殿のあとに鎮座しています。
膳所藩主本多家の四君が祀られています。

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[ 2012/08/09 22:35 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(0)

木曽殿の最後の地・膳所を訪ねて 「膳所城勢田口総門跡」 (滋賀県大津市)

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曲がりくねった道が続き、その途中に「膳所城勢田口総門跡」の碑がありました。
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ここが、膳所城への入口のひとつで、ここにもまた人物検所があり、小屋もあったそうで、しかもつい最近まで存在したという事。。



何年か前にこのあたりを歩いた時の記事がありますが、特にそれらしきは写っていないし、データを探しても見つけられないのが残念です。
過去記事 → 旧東海道 瀬田唐橋~膳所
[ 2012/08/09 22:12 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(0)

木曽殿の最後の地・膳所を訪ねて 「若宮八幡宮」 (滋賀県大津市)

 篠津神社を後にして、膳所の城下町を再び歩き出すと立ち止まって瓦に注目。

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「膳所山三昧院光源寺」 検索しても特に情報は出てこないのが残念ですが。

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屋根の上の鳩や獅子?が気になりますが、注目は瓦の前部分の門。大根が交差しています。
正式には「違い大根」と言われる家紋です。

大根は蕪と同じく春の七草のひとつ「スズシロ=大根」 で、【邪気払い】【無病息災】の意味を持ちます。
検索で調べてみるとこんな事が書いてありましたが、始めて見る家紋でした。



[ 2012/08/08 21:17 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(3)

「たこ焼きパン」「かき氷パン」「メロンパン」

「祭りパン」の続きです。



「たこ焼き風ポンデ」
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開けてびっくり
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[ 2012/08/07 23:16 ] 日常 | TB(0) | CM(6)

木曽殿の最後の地・膳所を訪ねて 「城下町の土塀・篠津神社」  (滋賀県大津市)

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「膳所の城下町の風情を残しているのは、今ではこのあたりだけです」
この土塀は、100年以上続くもの。。

実は、この土塀の続くお宅二軒は知り合いのお宅です。お煎茶を習っていたのは公共施設でしたが先生のお宅がこちらでしたので、年に何度もお稽古、初煎会、お茶会にお伺いしていました。

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お庭を眺めながらのお茶会は、とてもいい時間でした。
それはそれは、趣のある広いお宅でした。
通い始めたのは17.8年前。あの頃は、土塀もあちこちにあったのに随分と町の風景も変わりました。
多くのお宅が、建替えられてしまいました。。
せめて、先生のお宅だけは、いつまでも残っていて欲しいものです。


[ 2012/08/07 21:59 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(0)

木曽殿の最後の地・膳所を訪ねて  「膳所神社」 (滋賀県大津市)

木曽殿の最後の地・膳所を訪ねて

【膳所神社】

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祭神は豊受比売命で、奈良時代の創祀と伝わっています。
中世には、諸武将の信仰が厚く、社殿には、豊臣秀吉や徳川家康が神器を奉納したという記録が残っています。




[ 2012/08/06 21:33 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(0)

木曽殿の最後の地・膳所を訪ねて 「縁心寺・大手門跡・膳所城跡」 (滋賀県大津市)

膳所城下町の細い道路を歩いていると、民家の間にある、さりげなく小さなお寺や、神社に出会いますが、その殆どが膳所城に関係しているものです。。
いかに規模の大きな城下町だったかを思い知ります

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こちら縁心寺は、膳所藩主本多家の菩提寺です。

大津歴史博物館 【縁心寺】


[ 2012/08/05 20:35 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(0)

木曽殿の最後の地・膳所を訪ねて 「膳所城下町・和田神社」

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旧東海道に沿って膳所の城下町を歩きます。

響忍寺さんのすぐ近くにある酒屋さん。 なんだかおいしそうな。。。
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昔は茅葺屋根だったのでしょうか?

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ここも城下町らしい鋭角道路。。。


[ 2012/08/04 21:06 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(0)