「川口堀と川口堀に架かる橋」 (大津市)

13032009_20130329215916.jpg


13032011.jpg

13032010.jpg



京阪電車石坂線 浜大津駅と三井寺駅の間に江戸時代の船入り堀 「川口堀」があります。

[ 2013/03/31 13:54 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(10)

三保ヶ崎橋 (大津市)

13031901.jpg

第一琵琶湖疏水にかかる橋は、山手から 鹿関橋 北国橋 京阪電車鉄橋 そして「三保ヶ崎橋」
中学校へ行くまでは、銭湯に行く時以外はいつもこの橋を通っていました。
何故なら、こっちの方向に「町」あって「三井寺駅」があって「浜大津駅」があったから。
小学校も安全な通学路確保の関係でここを渡って、疎水沿いに直進して再び、鹿関橋を渡って居ました。

13031907.jpg

この質感変わらないなぁ。


[ 2013/03/30 17:57 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(2)

鹿関橋 (大津市)

13031806.jpg

第一疎水に架かる北国海道の「北国橋」の、西に架かる橋は「鹿関橋」


 橋幅が広く重厚な造りで、小学校の手前のこの橋を渡る時に、「凜」とした気持ちになって緊張していたような、そんな記憶があります。


13031803.jpg

[ 2013/03/29 18:06 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(4)

北国海道 札の辻起点 三つ目の角~ (大津市)

13011723.jpg

伊庭善の角を曲がり、江若鉄道の踏切だった所を過ぎるとすぐにお地蔵さんが並んでいます。
13031720.jpg

浜大津からのこの道路、北保の郵便局でカーブするまでの数メートルだけは交通量の多い所でした。
ろくに歩道もないこのあたりを、長等幼稚園まで友達と二人で歩いていたのですから今考えると恐ろしいもの。
それは、さておき、このあたりを生活道路にしていた人ならこの風景は印象深いはず。
道端の一段下がったところに、お地蔵さんが並んでいて、いつも綺麗に花が飾られていました。



[ 2013/03/28 17:10 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(6)

北国海道 札の辻起点 ~みっつ目の角(大津市)

13031606.jpg

北国橋を渡り、最初の交差点を右へ折れます。
交差点の西角には「大津湯」という銭湯があり内風呂のなかった私は、大津湯へ通いました。
銭湯への行き帰りは、母に学校での出来事を話す時間でした。

次の角までほんの少しの距離、どうしてここで道が折れているのか不思議です。
街道らしい、細い道路ですが、昭和30年代から京阪バスが通っていた事から、昔から重要な道であった事が伺えます。


13031604.jpg
昭和の面影を残す建物が並んでいます。
ガラス戸4枚の建物は、衣類を売っているお店、肌着や靴下が並んでいました。
子供の頃 運動会と言えば「地下足袋」を履くものでしたが、母はここで買ってくれました。

この向かいには、貸布団店、薬局、バーが並び、今思えば、海道全盛期の名残からお店が多かったのかもしれません

[ 2013/03/27 13:22 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(10)

北国海道 札の辻起点 ~二つ目の角  (大津市)

 大津百町の「観音寺」に住んでいたのは20歳まで。その後 大津南部に在住。
大津に生まれ育っていますが、子育てに追われていた15年位は大津百町にブランクがありました。
 一人で出かける時間が出来、歴史博物館等に足を運ぶようになって生まれ育った町を見て驚きました。
想像もしてなかった大きな道路が出来ているのです。
「ここはどこ?」 大きな道路沿いに立ってみると自分の生まれ育った町がまるで始めて訪れるような場所のようでした。
今日、ご紹介する 北国海道。 北国海道が疎水を横断する道路、昔の面影が間もなく完全に消えようとしています。




13031523.jpg

叶匠寿庵さんを右に見て進んだ突き当りを右に曲がります。

13031501.jpg
 いきなり、建設中の住宅。 道路から下がる為に、バックして新築されているのが一目瞭然。
ここには、頭のいい友達の家がありました。


[ 2013/03/26 10:16 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(4)

北国海道 札の辻 ~ 一つ目の角 (大津市)


13031413.jpg
北国海道札の辻起点~ ひとつめの角まで、ほんの少しの距離です。
ほんの少しの距離ですが、多くの記憶があるので書き記しておきましょう。。
自己満足? このブログを見て「そうそう」と思い出してくださったり、密かに何かの研究のヒントになったりしたら。。嬉しいです。。
不思議と、ピンポイントの場所のピンポイントの時代の記事を書くことで、同じ時を過ごした人と知り合いになれたりする事も多いものです。




京津線の電車通札の辻の角を西に折れると、道幅はあるものの交通量はかなり少なくなります。
目につくのは「阪本屋鮒寿司」のお店
明治2年にこの地に分店として創業したとHPに書かれています。
「弊店のご案内」

13031406.jpg



13031401.jpg
[ 2013/03/25 11:48 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(6)

北国海道 と 北国街道  (滋賀県)

 前回の記事で「北国海道」と記しました。
単純に考えて、昔の街道ですから「北国街道」でしょ? 間違ってるんじゃないの? と思ってしまいます。

 自分自身の中で理解を深めるためにも、少し整理します。

「北国海道」
 大津の礼の辻で東海道と分かれ、湖岸沿いに衣川(大津市)、和迩(志賀町)、木戸(同)、小松(同)、の各宿駅を経て高島郡に入り、河原市(新旭町)、今津(今津町)の両宿駅を経て海津の宿駅に至り、海津からは七里半越えで 北国海道は「西近江路」と別称され、「北国脇往還」とか「西国街道」とも呼ばれました。剣熊関(マキノ町野口)を通り、山中(敦賀市)-疋田(同)の両宿駅を経て敦賀市に至っていました

「北国街道」 
 中山道の鳥居本宿(彦根市)から琵琶湖の北東岸を通り、栃ノ木峠を経て越前に至っています。




 幼い頃を過ごした家の前、生活道路が「北国街道」であると聞いたとき、へ~ 木之本まで続く道なんだなぁ。。 と思ったものですが、「北国街道」ではなく「北国海道」なのでした。


 「札の辻」を基点に琵琶湖の西を経て敦賀に至る道が「北国海道」で 平安時代の頃から既にあったそうです。


[ 2013/03/25 10:44 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(4)

東海道と北国海道の分岐点「札の辻」 (大津市)

 今年2月に「石坂線がつなぐ 大津のまちの物語」に行った時、樋爪歴史博物館館長さんの講演の時に頂いた資料に、街道地図がありました。

13031301.jpg

13031303.jpg

江戸から続く東海道は、大津の札の辻で南へ折れます。
直進しているのは「北国海道」



[ 2013/03/24 15:00 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(8)

浜大津の「ヒロ」 (滋賀県)

13031204.jpg


 今年2月 友達とランチした後 ふらりと入った喫茶店
ひとしきり、お喋りした後 お会計をする時にふと見上げると、この喫茶店の旧店舗の写真。
あ。
「質屋さんの横にあった喫茶店ですか?」
「そうなんですよ。明日都が出来た時にここに入ったんです。。」

あーそういやありました。 記憶にあります。

[ 2013/03/23 14:26 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(2)