三度目の「穴水駅」  “おとなび北陸フリー切符の旅” (石川県穴水市)

 山本コータローとウィークエンドの「岬めぐり」という曲が流行った頃が、丁度友達同士で旅をしようかという年齢でした。
高校を卒業した春には、室戸岬、足摺岬を訪ねる旅、 そして結婚前は能登半島の禄剛崎を目指して旅をしました。
今から10年前の事、嘘です。 数十年前の事。
京都駅から夜行列車に乗り、金沢駅に到着したのは朝の3時。 やけに天井の高い木の香りのする待合室で始発電車を待ちました。
その先の記憶が薄い、朝一番に 時国家を訪れた記憶からすれば、「輪島駅」まで行ってバスに乗ったのでしょうか。
辿れる記憶と言えば、どこかの駅からかなり歩いて「恋路海岸」に行ったこと。帰りはヒッチハイクで駅まで戻った。
禄剛崎まではバスに長く揺れたような記憶があるけれど、寂しい場所で広い駐車場はあるものの、人は少ない大きなお店で御昼御飯を食べました。
どこかのユースホステルまでは、川沿いをかなり歩いた。 そこで知り合ったカッコイイお兄さん。。23歳だったなぁ。

恋路海岸へ行くために降りた駅はきっと「松波駅」で、
ユースホステルは「穴水青年の家 ユースホステル」だった事は、写真でわかるだけ。
国鉄が能登半島をかなりカバーしていたものの、バスもかなり乗ったのでしょう。

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松波駅は能登線にありますから、穴水駅で乗り換えたのでしょう。
当時の鉄道がどんな状況だったのか、運転間隔 時間。
アルバムに貼り付けてある切符も印刷がすっかり消えて何も見えない。


 月日が流れ、能登半島の先近くまで列車で行けた時代は終わりました。


のと鉄道 「のと里山里海号」 車窓 “おとなび北陸フリー切符の旅”  (石川県七尾市・穴水市)

 優しい口調のアテンダントさんの丁寧な案内と、ビューポイントでの徐行。
すっかり身をゆだねた観光気分です。



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「田鶴浜駅」
建具の街なんですか。。
駅名標のくたびれ具合に歴史を感じます。


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「能登中島駅」
郵便車のある駅です。
→ 2010年 能登中島駅


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のと鉄道 「鉄道郵便車 オユ10 2565」 “おとなび北陸フリー切符の旅”  (石川県七尾市)

 
 鉄道郵便車 「オユ10 2565」
 現在の郵便物は大半が自動車や航空機で運ばれていますが、かつては鉄道で運ぶことが主流でした。
明治5年に 車内に郵便物を積み込んだのが始まりで、昭和61年に廃止されるまでの114年間、全国津々浦々に郵便物を届けていました。
 ただ郵便物を運ぶだけでなく、車内の設備を使って区分作業をしながら沿線の駅で積み下ろしをした事から「走る郵便局」とも呼ばれました。
 大半の郵便車が廃車された中で奇跡的に生き残ったものが、現在「能登中島駅」保存されています。


 2010年にのと鉄道の旅をした時は、丁度 公開日だったのにもかかわらず、私は「駅舎」をすみずみ見て回ったという。。。 駅好きならではの行動でした。
 → 能登中島駅
 なるほど、趣のある駅舎でした。これを見逃しては 駅好きの名が泣いてしまう。。

 でも 見逃してしまった貴重な「郵便車」
今回 その機会に恵まれました。
「のと里山里海号」の見学スポットとなっているのです。

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高校生の時、年賀郵便の仕分のバイトをしていました。
まず、大分類、中分類、最後の小分類は「道順」と呼んでいました。
友達とキャッキャッと楽しかった頃がよみがえって来ました。

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椅子も固定されていたら、列車の揺れと一緒に遊ぶ事もありませんものね。






のと鉄道 「のと里山里海号」 “おとなび北陸フリー切符の旅” (石川県七尾市)

 2010年、のと鉄道 いくつも途中下車しました。
七尾湾の海岸線を走るのどかな列車はとてものどかで、心地いいものでした。
→ のと鉄道記事

 再訪したいと思っていた路線のひとつですが、面倒くさがりの主人をどうするか(笑)
うってつけの、列車がありました。

→ のと 里山里海号
穴水・七尾間を70分間かけてゆっくり運行し、ビュースポットで徐行停車。


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和倉温泉駅 売店 にて “おとなび北陸フリー切符の旅”  (石川県七尾市)

 私の周りの駅では、最近 kiosk がなくなりほとんどがコンビニなりました。
ここ和倉温泉駅は、その kiosk を思わせる駅売店がありました。

和倉温泉駅の滞在時間が長かったので、色々と利用させて頂きました。



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衝動買いが一番多いと言われる場所に置いてあった、これにまんまとひっかかってしまいました。
みそまんじゅうも気になるのですが、大好きなのが「えがらまんじゅう」
みっけ!!
もちもちとした饅頭の生地にくちなしで色づけされた餅米をのせ、中はこしあん。この饅頭は、餅米が、栗のいがらに似ていることから名づけられ『イガ』がなまって『えがら』と呼ばれるようになったそうです。
表面の餅米の食感と、皮の硬さが大好きで、北陸に来るとさがしてしまうもの。。
生菓子なのでふたつだけ購入。





JR西日本七尾線・のと鉄道 「和倉温泉駅」 “おとなび北陸フリー切符の旅” (石川県七尾市)

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 和倉温泉の玄関口 「和倉温泉駅」

2010年 北陸の旅 のと鉄道途中下車の旅をした時、和倉温泉駅での乗降せず、ひとつ手前の七尾駅で「のと鉄道」に乗り換えました。
R七尾線が津幡駅~七尾駅~和倉温泉駅  のと鉄道が 七尾~穴水駅
七尾駅→和倉温泉駅間は JRは特急のみ、 のと鉄道は普通列車のみ という特殊な形。
普通列車のみで和倉温泉駅に行こうとすると、七尾駅での乗換になります。



目をひくのは、優雅な赤色に白抜きの駅名と、まぁるい大きなわっか。
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静かな七尾の町の勇壮な姿の「でか山」 いつか見てみたいものです。








和倉温泉 朝さんぽ “おとなび北陸フリー切符の旅”  (石川県七尾市)

 旅先での朝。 折角だから 「ゆっーくり寝て 寝ぼけ眼、お布団もあげす浴衣のままで朝の食事」 なんてのもいいかなぁって思います。
 折角遠くまで来たのだから、早朝の風景も目に焼き付けて帰らなくては。。とも思います。

 まぁ、どっちでもいいかぁ。。 目覚めた時に考えればいいよねぇ~ なんて思いながら眠りにつくのですですが、やっぱり早朝に目が覚める。。 「こうはしてられない!!」と飛び起きてしまいます。。



 朝湯のあと、フロントで、お勧め散策コースを聞きましたが、昨日到着した時と同じように、特に温泉街というものはなく、海も遠いですよ。。とのお返事。
 とりあえず、夜もあけきらない町の坂道を下ります。

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旅館が続いています。




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冬に温泉に来て早朝から、さんぽする人なんていないのでしょうか。静かです。
時折、車が通り過ぎるだけで、私は変な旅人のよう。。。。

[ 2016/01/25 21:00 ] ---まちあるき--- 石川県 | TB(0) | CM(4)

和倉温泉 多田屋での食事 “おとなび北陸フリー切符の旅”  (石川県七尾市)

温泉があまりに気持ちよく長湯をしてしまって、事処へ行くのが遅くなってしまったけれど、心地よく迎えてくださいました。

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うわぁ~~。 一番に蟹が目につきました。
基本プランだから、一般的な懐石プランだと思っていました。

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しっかりと、身のつまったカニ。香りもしっかり、甘みもしっかり。久しぶりにおいしい蟹に遭遇。
これでもか、という位に身を ホジホジ。 最初っから大満足。。


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お伴は、杏酒のロック。





[ 2016/01/24 21:00 ] ---まちあるき--- 石川県 | TB(0) | CM(6)

和倉温泉 「多田家」 “おとなび北陸フリー切符の旅”  (石川県七尾市)


 富山駅から北陸新幹線「つるぎ」で金沢駅に戻り、和倉温泉へと向かいます。

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「特急能登かがり火号」
北陸新幹線開業によるダイヤ改正に伴って新しくできた特急ですが、新しい車両が使われているわけではありません。




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[ 2016/01/23 21:00 ] ---まちあるき--- 石川県 | TB(0) | CM(4)

岩瀬浜 “おとなび北陸フリー切符の旅” (富山県)

 
 富山ライトレール 終着「岩瀬浜駅」

なかなか雰囲気のある、古い町のようです。
→ 岩瀬浜まち歩きマップ
方向音痴名私は、このように手作りの詳しいマップが大好き。 
すぐにでも歩きたくなります。
旧北国街道をゆっくり歩いてみたい、東岩瀬浜駅までもそう遠くなさそう。
1人なら、ここで十分な時間を取りたい所ですが、仕方ありません。

 とりあえず、水辺まで出てみました。

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運河の向こうに、海が広がっています。

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「大漁橋」

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「岩瀬橋」



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このような佇まいの医院が垣間見えるのは、この町に 繁栄の時代の風景がたくさん残っているからなのでしょう。



運河の提案をしたとされている、「オランダ人 ヨハネス・デレーケ」
この方は、大津でも砂防工事に貢献されています。
富山のこの地で知ったお名前に出会えるとは、嬉しいものでした。

→ オランダ堰堤


[ 2016/01/22 21:00 ] ---まちあるき--- 富山県 | TB(0) | CM(6)