JR西日本 新幹線こだまで 小倉~新大阪


 高速夜行バスで小倉入したのはいいけど、帰りはどうしましょうか。
一番リーズナブルに時間を有効に使うなら同じく夜行バスでしょうが、東方向からのバスが京都に到着するのが早朝なのに対して西方向からのバスは7時を過ぎるものが大半で、出勤時間に間に合いません。 間に合わなければその日は休みとなり、これは時間の有効活用にはならない。
普通電車を乗り継げば 新大阪までで10時間以上。 青春18切符期間でないので8760円となります。
んー リズナブルに帰りたい。
結局 一番いいのは、JR西日本の「おとなび」の WEB早得による 「こだま6割引」です。

設定は 博多発しかありませんが、問合わせてみると途中乗車も可でした。


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14時18分発 こだま746号





[ 2017/07/31 17:00 ] 新幹線 | TB(0) | CM(2)

平成筑豊鉄道の旅  JR九州日豊本線 行橋駅~小倉駅 (福岡県)


 一日半 平成筑豊鉄道に乗車していました。
独特の稜線を車窓に見ながら、行橋駅へと戻ります。

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「行橋駅」
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小倉駅から、早朝 JRに乗ってここで降りたのは 昨日の事です。
ブログ記事をだらだらと続けてしまったので、自分でも随分何日も遊んでいたような気がします。



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「試運転列車」が停車しているなんて、旅の終わりを気持ちよく飾ってくれています。

平成筑豊鉄道  金田駅~上伊田駅  (福岡県)

平成筑豊鉄道の旅。
二日目。 内田駅~赤駅を歩いてすっかり迷って恥ずかしい思いをした後は、時間調整のため、赤駅~金田駅までのんびりと車窓旅。 車両の後ろの窓から線路を眺めたのですが、混乱を防ぐため、 金田駅→上伊田駅 の線路の様子です。

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金田駅を出てすぐ。

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糸田線への分岐は右側線路です。

平成筑豊鉄道 車窓から (福岡県)

平成筑豊鉄道の車窓に見えるのは、香春岳。
田植がはじまろうとしている田んぼの後ろに 面白い形の稜線がゆっくり動いて着いてきていました。

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全体が高品位の石灰岩で出来た山のため、昭和初期からこれを原料にしたセメント工場が立地。
石灰石採掘のために、一ノ岳は高さが元の半分程度に低くなっています。
なんとも痛ましい姿ですが、これがまたこの町の景観となっています。

平成筑豊鉄道 駅名ネーミングライツ

ネーミングライツとは、一般には、公共施設などに企業名や商品のブランド名などを冠した愛称を付ける権利で、この権利を売却することで、施設運営等に係る資金を得ようとするものです」

 平成筑豊鉄道にもネーミングライツが適用されています。

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(ネーミングライツのすべての駅ではありません。順不同)

下伊田駅の降車案内放送の場合 「次は 田川技術高校前 下伊田駅」   油須原駅の降車案内放送は 「次は森商事 油須原駅」
と放送されます。









平成筑豊鉄道 さまざまな企画 


 最初に乗り込んだ「なのはな号」
最初に目についたのは、つり革でした。

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つり革オーナー制度を見たのは、始めてでした。


平成筑豊鉄道の車両  (福岡県)


平成筑豊鉄道の歴史は古くレトロ車両が走っているかのイメージがありますが、明るい色に「ちくまるくん」が印象的な車両が、駆け抜けています。

 夜行バスと日豊本線を乗り継いで、朝、行橋駅で待っていてくれたのは「なのはな号」
平成筑豊鉄道にお世話になった二日間、この車両に出会う確率が一番高かったです。

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平成筑豊鉄道 「崎山駅」 設置念碑 (福岡県京都郡)


 「崎山駅」を、あらゆる角度から見ようと、あちこち歩いていると 少し離れた場所に「記念碑」を見つけました。

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町の人々の喜びはさぞかし大きいものだったのでしょう。




地元の人々による設置記念碑は、山陰本線の「東浜駅」にもありました。
→   山陰本線「東浜駅」 

東浜駅では トワイライトエクスプレス「瑞風」が停車するようになり、一躍有名駅になりました。

「田上てぬぐい -暮らしと文化- 」大津市歴史博物館 企画展   (滋賀県大津市)

 大津広報の大津市歴史博物館の案内の中に「田上てぬぐい」の文字を見つけた時 ん? 何何? と目が留まりました。

私が住んでいる場所の川向に広がる大きな学区が「田上」
川を挟んでお隣の学区ということでつながりはあるし、叔父の生家のある場所でもあります。
でも「田上てぬぐい」という言葉は一度も耳にした事ありませんでした。
写真を見ているとどうやら、日本てぬぐいのようであるけど。。
いったいどういう事なのでしょ。





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22日からはじまった企画展。
同時に開催された 関連講座 -田上てぬぐいと田上の衣生活-に行ってきました。



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田上の北東部にあたる上田上で、女性が頭にかぶっていた手ぬぐいを、「田上てぬぐい」と呼び、特定の呉服屋さんに個人的に注文していました。
てぬぐいの片方の端に染めが入っていて、その部分が前にくるようにかぶりますが、年代により柄やかぶりかたが違っていました。

意外だったのは、普段のみならず 冠婚葬祭の時の正装であり、そのような時には新しいもの、糊のきいたものを身に着けるようにしていたという事。
葬時に、とりあえずかけつけ てぬぐいをかぶってなかったような時には「てぬぐいもかぶらずに」と断りをいれていたということ。
日本人の感覚として正式の場に被り物と言うのは馴染まないので 特殊な風習なのでしょうか。

農作業時には、モンペの上には自分で織った「三巾前垂れ」というものを身に着けていました。
現在の前掛けのような感じですが、紐の部分が広く、また色がついていたりします。
巻きスカートのように、お洒落的の要素も少しあったようです。


地域独特の衣服の習慣もとても面白かったのですが、お話の中で出てきた、「田上郷土資料館」
昭和40年代頃から、消えゆく文化をなんとか保存していこうと 地域の真光寺に郷土資料館を作り民具の保存などをされてきたという事。 高度経済成長期を迎えた昭和40年代、消えゆくものに目もくれず前を進むことだけを見ていた日本の中で、「残そう」としておられた 上田上地区の方々の精神に感謝の気持ちです。





[ 2017/07/23 23:03 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(4)

平成筑豊鉄道 「崎山駅」 (福岡県京都郡)

田川線崎山駅
昭和29年(1954年)信号所として開設。
昭和31年(1956年)駅に昇格。

油須原駅は、明治28年開業当初からの駅を使用しているというのに、崎山駅の方が古い感じがしてしまいます。
全く 手を入れるか入れないかの違い。さらに映画のロケに使うために手を入れるという事の結果が顕著にわかる駅でもあります。

ただ、私が好きなのはこういう駅です。


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