今年も「大津百町大写真館」 また、大津の「昔」にいっぱい出会えました。(滋賀県大津市)

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今年も10/22~11/6 旧大津市街で「大津百町大写真展」が開催されていました。
昨年も一日でも見足らず二日も大津の町に足を運んだのですが、今年も三日も足を運びました。
私の生まれ育った町、父の生まれ育った町、父の両親が生まれ育った町。。そんな町は私の原点であるような気がして町がどんな風に変化してきたのか、強い探究心を持っています。


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特に今年、良かったのは主会場の大津公会堂3階で流されていたDVDでした。



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江戸時代、港町・宿場町として発展した旧大津市街。
そこに住まわれているご老人が大津の町についてお話されています。
そのお顔は、懐かしさでいっぱい。。 一人の方がお話されると、それにつられるように次々にみなさんが一生懸命 昔の大津のお話をされる。。 自慢話であったり、、苦労話であったり。。
放映時間は小一時間だったでしょうか。。 聞きのますがいと一生懸命見せて頂きました。
それでも、まだ見逃していたり、忘れているところがあるような気がして、もう一度。。足を運びました。
目に焼きつけよう。。


そんな中、始めて知った感心した事がありました。
大津の丸屋町商店街にある「大津マート」。
母に連れられ買物に行った時にすでに他のお店とは違っていて子供の私にも印象的だったのでしょう。。
大好きで、今でも大津に行くと必ず立ち寄る場所です。
過去記事 → 【食料百貨 おく様よこ町】大津マート
     → 「大津マート」

その大津マートが、昭和初期は「勘定場(かんしょうば)」「公設市場」であったと、お話されていました。
85年以上前、まだアーケードのない時代から、商店の集まる場所であり、それが今「大津マート」として残っている。
私の大好きな場所がそんな歴史を持った場所だという事がとても嬉しく、あの懐かしい「マート」はずっとずっと残っていて欲しいと思いました。
余談ですが、菱屋町商店街にあった「田中駒」が「西の勘定場」であったというお話。田中駒は母に縫ってもらう洋服の生地を買いに行くお店。随分と間口が広かった気がするけれど。。 そっかぁ。。あそこも賑やかな場所だったんです。。
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(数年前まであった田中駒のあたりにあったそうです。)








6年間通った小学校への道にあったこの建物がずっと謎でした。
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過去記事→ 疎水沿にて

今回の写真展とDVDで、ここは「菊屋旅館」さんであったことを知りました。
疎水を抜けて観光船が京都まで通っていた頃はせりだしてお店をされていたそうです。
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今も綺麗に残されているのは、お家のかたがお手入れされているからでしょう。いずれ、なんらかの形で再開される予定がおありなのかもしれません。。大切にされているのはとても嬉しいです。






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DVDの中に出てきた、この「にまめ屋」さん。。
あぁ。。大津の町を歩いてらした。。 チリンチリン。。と鐘を鳴らして歩いてらした。
懐かしいなあ。。 
あの頃 大津の町には飴細工の屋台もありました。。

この豆藤さん今ではお店を構えられ、大阪、関東の百貨店にまで進出しておられます。
参考HP → 「有限会社豆藤の三方よし」


懐かしさが映像とともに言葉で残る。。
生まれ育った大津の町好きの私にはとても嬉しい企画でした。。。


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[ 2011/11/25 17:02 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(2)

昆布巻きが食いたいなぁ。
疎水沿いにあんこの香りがただよう所があったなぁ。

親玉饅頭は今でもあるみたいやね。
[ 2011/11/25 20:04 ] [ 編集 ]

★らいん屋親父さん

疎水沿に「あんこ」ありました
私の通っていた長等幼稚園は三井寺に向かって疎水の左手にありました。二階に若い人が住んでおられたようで「二階へは行ってはいけない」とロープが張ってあったと思うので、あれは間借りしていたのかなんの建物だったかわかりませんが、とにかくきちんとした幼稚園舎ではありませんでした。
それはいいとして(笑)その下手に「あんこ」の工場があったんだと思います。
小学校半ば位まで、あんこの香りはしていたし、時々汚水のようなものを見ました。

入学式はその長等幼稚園のさらに三井寺よりに残っていた木造の体育館でありました。木造から鉄筋の過渡期だったんですね。

「親玉饅頭」は健在ですよ。父の菩提寺の近くなんで、時々買って帰ってます。
あのあたりには、真心堂という本屋さんもあったし、その向かいに洋品屋さん、お風呂もあったのに今は何もありません。
写真展のおかげで最近は昔のあのあたりの景色ばかり思い出しています。

それにしても らいん屋親父さん膳所のおかたなのによくご存知ですね。
[ 2011/11/25 21:45 ] [ 編集 ]

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