旧葛城館 (和歌山県橋本市)

 昨年末の南紀パスを使った旅の様子を書かせて頂いているので「和歌山県橋本市」と言う地名に、南紀パス旅の一連かと思われてしまうかもしれませんが、こちらは先週土曜日に「関西洋風建築めぐり」に参加させて貰った時のものです。


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和歌山線「高野口駅」は、ローカル線木造駅舎。降り立っただけでため息が出るほど、暖かい懐かしさが漂っているのに、さらに息を飲ませてくれるのは、木枠と硝子窓とその向こうの障子が見える堂々とした建物。

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(高野口駅待合室から)

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 何年か前、この駅舎を訪れた時も、この建物が気になって写真をたくさん撮りました。


「葛城館」
木造三階建て、入母屋作りの旅館。
述べ床323平方メートル、明治後半の建築とされ、千鳥破風と軒唐破風を三階本屋根の正面に取り付け、銅版葺きの庇と総ガラスの建具が目を引く。


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現在四代目御当主大矢武さんが管理されていますが、旅館業は奥さんが亡くなってから休業されています。

何年前まで現役で旅館だったのでしょう。。
再び、営業しようと思えば今すぐ、出来る位に綺麗に保たれています。

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欄間のす透かし模様も細かい細工が施こされています。
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ハンガーをかける所も綺麗な木製でした。
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これは、明治時代の常連客、東京の火消し組が残した看板です。
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これは広告でしょうか。
「旅館大勉強の親玉」「中飯料 五等拾銭  特別五十銭  宿泊料 五等弐拾五銭」などと書かれています。

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旅館の基礎部分は煉瓦が積み上げられていました。
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一ヵ月後、後ろ側は解体されるそうです。
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窓からは、「高野口駅」が見下ろせます。
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界隈にも、旅館の名残を感じさせる建物がいくつかありました。
当時、鉄道を利用した高野山への参詣道のうちもっとも便利であったのが高野口駅(旧紀和鉄道名倉駅)が最も便利であったため駅周辺には十数軒の旅館があったのだそうです。
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夕方、葛城館は夕日に映えて輝いていました。
「窓の下の丸い所には外に向けて鏡がついているんですよ」と先生がおっしゃっていた、その意味がわかった気がしました。朝日、夕日が綺麗に反射するのでしょう。。。

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[ 2012/04/20 20:54 ] ---まちあるき--- 和歌山県 | TB(0) | CM(2)

論より証拠()高野口駅()には高野山上り口という記念碑ありというキャッチコピーが何故かインパクトありました。(15枚目の写真)
旧字体が出てきませんでした あしからず
[ 2012/04/21 23:42 ] [ 編集 ]

★うてきなぷりぱさん

この広告を隅々までよく見ると、とても面白いです。
客寄せに一生懸命なのがわかります。。
[ 2012/04/24 21:58 ] [ 編集 ]

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