えちぜん鉄道勝山永平寺線 「山王駅」 (福井県吉田郡)

12061207.jpg

12061205.jpg
「山王駅」

全景を捉えるのが難しい駅舎でした。


12061206.jpg




12061209.jpg

12061202.jpg
「ニンキー」って大蒜のことなんでしょうね。
「すみたくなるまち」 どんな町なんでしょ。ゆっくり町散策でもできたら良かったのですが、30分間隔のダイヤは駅をゆっくり見て周辺を歩いて丁度いい時間です。


12061201.jpg


12061203.jpg











12061208.jpg
「金沢ヘルスセンター」
ヘルスセンターという言葉に時代を感じます。
1958年11月1日開園。
「金沢ヘルスセンター」とは、この金沢動物園のほかにも、演劇場・映画館・小遊園地、さらには大浴場や宿泊施設があり、隣接する文部省指定の「金沢水族館」と共に、子供から大人、老人まで楽しめる娯楽センターであった。中でも、動物園は子供たちには大人気の場所だった。水族館と金沢ヘルスセンター間にはロープウェーが設置されていたが後に老朽化のために廃止された。

積雪・降雨が多い北陸地方の気候を考慮して、雨や雪の日でも楽しめるように、園全体に屋根がかけられ、さながら屋内で動物たちを見学することができる施設であった。「お座敷動物園」とも呼ばれ、天候に関係なく、しかも裸足のままで楽しめる動物園は、後にも先にもこの「金沢動物園」だけであろう。

また、隣接する「金沢水族館」もユニークだった。通常、ほとんどの水族館は海辺に立地しているが、この水族館は「山頂」に位置していた。看板にも、「世界で最初の山頂水族館」となっていた。そんな環境でも、飼育する魚たちのほとんどが海水魚で、アシカショーやトドのダイビングショーも行われていた。

動物園や水族館をはじめ、子供たちは遊園地やゲーム、大人は大広間で演劇・映画、大浴場と、一日遊ぶことが出来る場所であった。料金体系は水族館だけか金沢ヘルスセンター(動物園、水族館を含む)かの2種類であった。

娯楽が少なかった設立当初は県内唯一の大衆娯楽施設として爆発的な人気を集め、ピーク時の年間入場者数は30万人にのぼった。高度経済成長とともに人々のライフスタイルの変化やその他のレジャー・娯楽施設の台頭により、入館者数にも徐々に陰りが見えはじめ、施設の老朽化も手伝い、施設名も「金沢ヘルスセンター」から「金沢サニーランド」と改称等も行ったが好転せず、1988年に数年の事業継続を条件に、金沢の不動産事業を展開する「秀邦(しゅうほう)」に売却された。「秀邦」は世界でも珍しいシーラカンス館を増設するなど事業に努めたが、集客力向上や収支の改善につながらず、1993年8月31日、石川県内唯一の動物園は35年間の歴史に、ひとまず幕を下ろすこととなった。

 日本が高度経済成長期へと昇りつめていった時代の、典型的な娯楽施設とその変遷。。
北陸の地、福井からもえちぜん鉄道に乗り国鉄に乗換え、遊びに行く人が多かったことでしょう。
看板が残されていて、人々の記憶から消えずにいたり、私のような者が新たにその存在を知る事は有難い事です。

大津にもあったんですよね。「びわこヘルスセンター」
ちょっとした売店があって、そのまま琵琶湖につながっていて泳げるところ。。






12061204.jpg
関連記事

3枚の写真を見たときに 思ったのが
養老鉄道の広神戸(ひろごうど)駅です
今は変わってしまったのですが
私が高校のときの駅舎が この写真にそっくりでした
のんびりした 雰囲気の景色でいいですね
[ 2012/06/23 07:56 ] [ 編集 ]

★みえはるさん

このような駅舎を使って、通学しておられたなんて羨ましいです♪
私は、電車通学した事ないんですよ。 その反動で今 電車がすきなのかな?(笑)

やっぱりこのようにゆったりとのんびりした風景の中に居ると心落ち着いていいですよね。。
[ 2012/06/26 21:47 ] [ 編集 ]

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://michiyo0520.blog20.fc2.com/tb.php/2417-802d8937


-

管理人の承認後に表示されます
[2012/06/23 14:20] URL