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昭和の名残 京阪三条界隈① (京都市)

 京阪電車京津線が地上を走っていたのは15年前の1997年10月12日までと確認すると、意外に最近までの事だったという気がします。
京津線は浜大津の近くに住んでいた私にとって京都への一番身近な足で、幼い頃から目に映る景色は都会への高揚感と重なっていました。



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京津線沿は線路がなくなりお洒落なお店がビルが建ち並ぶようになりましたが、今でも当時の面影を残すものかたくさんあります。

三条通の角に位置するこのお店


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「キヨタ精肉店」
昭和2年から続くお店で、お肉の味は絶品との事です。




このお肉屋さんの写真を撮っていると ぷにょさんが「ねぇねぇこっち来て」


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「京津線ってこんな風に直角に曲がってたん?」

「そうそう。。そう。。!!」

三条駅に近づくと、急カーブをして駅に入っていくのでした。
三条通から川端通へと線路曲がっていたのです。
そのまま、売店が並ぶ広場?をまっすぐ進むと京阪電車本線に乗り換える事ができました。
この時代の姿を知っている人ってもう少なくなってきたのかなぁ?

それはそうとして、この「いろは旅館」の看板。
いろは旅館の公式サイトを見ると「この地に構えて100年」とあります。

京津線が地上を走っていた頃に作られた看板。
大手老舗旅館がこの看板に今は無き京津線の路線図が描かれて居る事に気づいてないと言う事はないでしょう。
意識して、京都を訪れる人のために残してくださっているのでしょう。


地上を走る京津線の存在がいつまでも忘れられぬようこのまま残っていてほしい看板のひとつです。。

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[ 2013/01/20 11:07 ] ---まちあるき--- 京都府 | TB(0) | CM(8)

いろは旅館

京津線にのっているといろは旅館って有名でしたね。

いま地下鉄なんでこの景色はみてませんね。

15年前のことですが、私も最後の日に写真とりにいきまいsた。でもその写真どこに片付けたんかわからないです。
いい写真は撮れてなかったです。

山科でJR降りても京阪にはのれません。料金高くなるので。

 運賃を変えるべきですね。京阪のって大阪いくときは京都市の交通局の値段にしたらいいのにね。三条まで250円でしたかね。
[ 2013/01/20 16:18 ] [ 編集 ]

★そば打ちおじさん

浜大津に住んでいるならともかく、最寄り駅がJRの石山駅ですから、蹴上、東山三条あたりに行きたい時でもJR山科で地下鉄に乗り換えてます。
京阪に乗ると高いのも問題ですが、一般の観光客さんが三条で間違えて京津線に乗ってしまわれる事が気の毒です。地下鉄の切符しかもってないのに山科で京阪の料金を再度取られるハメになる。だって同じホームに入ってくるのですもの。慣れた私ですらつい京阪に乗ってしまいそうになります。あれは不親切でややこしいです。
姪が間違って乗車した時は、親切な改札の方が、もう一度ひとつ前の駅に戻って地下鉄に乗るように、言ってくださったそうです。

このあたりのややこしさ改善すべきだと常々思っています。


15年前。私もしっかりと見納めをしておけば良かったと思っています。
敗戦直後、使われなくなった電車が九条山あたりにずらりと並んでいる画像が検索すると出てきます。。
見ておけばよかったなぁ。。
京津線の風景が懐かしいです。
[ 2013/01/20 17:32 ] [ 編集 ]

No title

2枚目の精肉店がいいですね。絶品のお肉を販売しておられるのに看板が壊れたまんまというのはポイント↓ですね。牛豚肉と牛が頭にくるのはさすが関西。広島でもこういった精肉店は少なくなりましたね。スーパーとかでも対面販売しているのも見かけなくなりました。竹の皮風の包みにくるんでもらった風景が懐かしいですね。103グラムとかになると端数をサービスしてくれたり、、、昔は牛肉が好きでしたが、今は豚か鶏ですね
[ 2013/01/20 18:38 ] [ 編集 ]

★うてきなぷりぱさん

子供の頃は対面販売のお店ばっかりで、品物ひとつひとつが大切にされていたように思います。
母に連れられ、ハカリに載せられるお肉を見てました。
そうですね。竹の皮風の包みに入れて、くるっと上手に紐でくくるんです。さらにお店の包装紙に包んでくれました。
今のように、スーパーでバックのお肉を籠に入れるだけ。。はやっぱり寂しい。。

牛肉はやはり庶民には高いので、普段は豚か鶏、そんな生活をしているうちに牛肉は口に合わなくなってきました。
[ 2013/01/20 21:22 ] [ 編集 ]

京津線ですか

私にとっては、地下鉄になった京津線はかつてのそれとは別物という意識があります。
私が京都にはまりだしたのは大学4年の1996~7年の頃で、ギリギリセーフで京津線にも1回だけ乗ることができました。
さすがに道路交通にとっては邪魔者でしかないのでしょうけど、路上を走る電車は味わいがありましたねぇ。
[ 2013/01/22 00:55 ] [ 編集 ]

★karesansui さん

京津線が地下を走るようになって随分時間がたったように思うのですが、意外に最近の事なんですよね。

おばあちゃんちに行くときは石坂線、お中元お歳暮を買った後にレストランで食事して玩具を買ってもらうのが京津線。だから京津線=わくわく で今でも浜大津~山科間の車窓を求めてわざわざ京阪電車に乗車したりします。。
よぃしょよいしょと電車が登り、ちょっと暗い雰囲気の駅(今思えば日ノ岡・九条山)を過ぎると、道路を走るようになって。。 やがてお店がいっぱいになってきて、三条。。。
この山科~三条までの車窓を見る事ができないのはほんとうに残念です。。

京都市電とともになんとか、道路整備をして走り続けていれば車窓からの京都観光もオツなものだっただろうにと思います。

[ 2013/01/24 11:45 ] [ 編集 ]

No title

ご無沙汰しております。今、昭和32年の住宅地図を見ていたらキヨタ牛肉店が既にあったので、驚いてネットで検索したらyume様のページがヒットしました。そんなに古い店なんですね。昭和初期の開店当初からあったとしてもおかしくない店構え、最低でも32年の住宅地図の当時は既にこの店だったのでしょう。

この店の西側、今駐輪場などがあるところは4軒の寺院を中心とした住宅街だったようですね。
[ 2015/02/01 18:10 ] [ 編集 ]

☆喜撰猿丸 さま

喜撰猿丸さま 大変御無沙汰しています。
検索で、私のブログがヒットしたそうで、嬉しく思います。
キヨタ精肉店の情報は、ネット検索によるものですが恐らく間違いないだろうと思います。 二年前の記事になりますが、今もお店はあるのでしょうか?
あのあたりも昭和初期とは随分環境も変わったでしょうに、今も変わらずにあるというのは、素晴らしい事だと思います。あのあたりに四軒の寺院があったというのは納得できます。



ところで、今年の元旦の夕方。赤川バス停で石山方向へのバスを待っていると、回送バスが停車して「もうバスは運休となりました」と。。車掌さんが教えてくださいました。
運休をお知らせする回送バスに遭遇したのは、始めてで貴重な経験となりました。

喜撰猿丸さまのブログは、時々拝見して、なるほど。。といつも丁寧な記事にうなづいています。
[ 2015/02/01 20:42 ] [ 編集 ]

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