京阪石坂線100thアニバーサリーin大津パルコ (大津市)


13030720.jpg

「昭和40年代三井寺駅」
赤と黄色の電車です。この形です。
 いつもこの駅、このホームからこの電車に乗って、母と妹と、駅近くの「品川」で牛肉を300グラム買って、おばあちゃんちへと向かいました。
小正月、お盆。。あと連休の時だったでしょうか。
優しいおじいちゃん、おばあちゃん、おばちゃん すき焼き、サイダーの待つ所へと、ガッタンゴットン。
今 思えば母も心弾んでいたのに違いありません。


この電車は一両。浜大津駅行という電車もあったんですね。




 現在 大津PARKOで「京阪石坂線100thアニバーサリーin大津パルコ」が開催されています。
13030701.jpg



 懐かしい風景がいっぱい。撮影禁止ではなかったのが嬉しい。。
思いのまま、印象に残った写真を紹介します。


13030702.jpg
「京阪膳所駅」
京阪膳所駅前がのどか。。舗装されていなくって、木が生えている。


13030703.jpg
「坂本駅」
子供の姿から昭和30年代を感じます。
この駅は記憶にあるようなないような。


13030704.jpg
「石場駅」 琵琶湖がすぐそこにあります。
昭和30年代ですか。。記憶には残っていません。


13030706.jpg
昭和20年代「石山寺駅」
瀬田川がすぐそばで、桟橋があって、山に沿う道があるだけ。




「錦駅」は大正2年京阪電車大津軌道の駅として開業。
昭和19年廃止。
昭和34年営業再開。
このポスターは昭和34年の時のものでしょう。
13030708.jpg
13030709_20130318212940.jpg

13030707.jpg

「新造車の増強!! 新駅の誕生!! 京阪電車はますます便利になり、市民の皆様の足を確保いたします」

私が物心ついた頃には、錦駅の近くには滋賀大も、職安もありませんでした。




13030710.jpg
昭和36年「三井寺駅」
 疎水を渡る手前。この景色は幼い頃から毎日のように見てきたし、今も名残があり懐かしいものです。



13030711.jpg
昭和32年「浜大津駅」
1981年に京津線と石坂線がひとつの駅になるまでは、三条行きはこの駅で乗降していました。

13030712.jpg
物心ついた頃がこの駅だっので昔からあるものだと思っていましたが、まだ出来たばかりの新しい駅だったんだと始めて知りました。


13030713.jpg
昭和30年代の浜大津駅風景 この賑わいよう。。
大津一の繁華街 観光地だった事がわかります。

13030717.jpg
昭和40年代 「浜大津駅」
国鉄と、江若鉄道と京阪電車。
この風景は記憶にありますが、国鉄が乗り入れていたとは当時知りませんでした。
完全に消えてしまった貴重な風景です。

13030719.jpg
こちらは昭和40年代 石坂線「浜大津駅」
浜大津駅で馴染みがあるのはこの駅です。



13030714.jpg
昭和40年代 「石場駅」付近。
「石場のガスタンク」 丸い大きなものは子供心に魅力でした。
なかなかこのガスタンクを知っている人が少なくなったので、貴重な写真です。


13030716.jpg
「浜大津駅」付近。
撮影年月日が写っていませんが、左端の小さな「コマ」という看板。
大津の町に出来たスーパーでした。「コマストア」 買い物籠に購入する物を入れて、最後に精算という形は画期的でした。 昭和40年頃でしょうか。


13030721.jpg
あるふぉんすさんが、先日コメントに書いていらしたのは、この電車でしょうか。
私も 時折見るこの「貨車」が楽しみでした。




13030718.jpg
昭和41年 「京阪膳所駅」付近。
真ん中からまっすぐ延びている線路が国鉄貨物の線路。
最近、みなさんがコメントくださっていたので場所を確認しに行きました。さらにこうして写真で見ると現実感があります。
この分岐も現在工事中で消えてしまうのではないかと思います。




 他にもたくさんの写真が展示されていました。DVD上映、車輌の写真。
それぞれの興味にあわせて、楽しめる企画だと思います。

 ~3月31日まで。 是非足を運んでくださいませ。。。

関連記事

No title

次の休みの日に行ってきます!!
[ 2013/03/19 20:28 ] [ 編集 ]

おお~!!こんな貴重な展示があるんですね♪
見に行きたいなぁ(^∀^)
そうそう!!この車両です!
黒い車両やから特別って感じが出てましたね~
まさか国鉄と繋がってるとは知らなかったし、石山寺駅が琵琶湖の真横とは知らなかったです(^-^)v
貴重な写真見せてもらって嬉しいです!!
たまにネットで京阪を検索してみたりするのですが中々こういう写真が無いので貴重ですね!
連休までやってたら絶対行きたいのになぁ…(T-T)
[ 2013/03/19 20:40 ] [ 編集 ]

★タケヘイさん

是非、行ってきてください。
じっくり見てきてくださいね。。
[ 2013/03/19 22:48 ] [ 編集 ]

★あるふぉんすさん

本当、連休までやっていて欲しいですね。
あるふぉんすさんの興味のある写真もきっとあるはずです。。

私も物心ついた頃から京阪電車の警報機の音を聞きながら育ったのですが、このような古い写真を見るのは始めてでその歴史を知ることが出来ました。
貴重な写真。きっちり記憶におさめておきたいです。
[ 2013/03/19 22:52 ] [ 編集 ]

No title

ほんと別所から穴太まで母ちゃんと乗って墓参りにいきました。わたしは5年くらいのときです。なんで2人か覚えてませんんが、大きくなったら、面倒見ないとあかんわと感じてましたが、面倒は見られませんでした。そこの墓から下阪本まで歩きました。その当時はとう買ったですね。

 本当に懐かしい電車ですね、高校行くときには、ドアを手で開けていました。60型は機械であきました。260型が出てきたのは京都いきでしたね。でも一りょうの車はこの車両だけのはずですわ。

 
[ 2013/03/22 02:12 ] [ 編集 ]

★そば打ちおじさん

穴太(あのう)から、下阪本までは遠いでしょう。。
以前、唐崎神社から穴太まで歩いた事がありましたが、遠かったですもん、あのあたり山手まで遠いですね。
5年生で、おかあさまの面倒を見ようと思われるなんて、優しい男の子だったんですね。

京阪電車のサイトなどで、車輌の歴史等を調べると私が乗っていた頃は、今の車輌とあまり変わっていないようなんですが、記憶では まるで木で作ったかのような電車があったように思います。
ドアを手であける電車は知らないと思います。

京都行が260型。。  私の幼い頃の記憶と重なります。
京都行きはいい電車。。。
[ 2013/03/22 20:27 ] [ 編集 ]

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://michiyo0520.blog20.fc2.com/tb.php/2599-5b7c4ccb