湖岸ライン① 「尾花川~観音寺」 (滋賀県大津市)

 今年3月 大津歴史博物館で開催された「れきはく講座」
「かつての湖岸ラインを探る」 休みを取って待っていたのに残念ながら抽選漏れ。。
残念でなりませんでしたが、心ある方から資料をお借りする事ができました。



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地図によると、赤線部分に湖岸ライン跡があるという事です。


ここは、元実家の近所。早速 それらしき場所を探してみました。


北国街道 尾花川あたりから、琵琶湖方向に向けて延びる細い道。

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そこから北国街道にほぼ平行に続く石垣。。。


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奥に見えているのは 尾花川警察官舎

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ほら、ここにも。。ここにも。。と 石垣があります。

これだけ続いていると、一軒の家が新築する時に趣味で作ったものだとは、とても考えられません。
残されていた石垣すれすれに家を建てた、バランスをたもつために反対側にも石垣を作った。


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こんなにもはっきりと、湖岸ラインを示す石垣が続いているなんて、この時まで知らなかった。
何故?
真面目な女の子は、表通りの北国街道しか通ってなかったからですね。。
たまに尾花川や観音寺の友達の家が路地奥にあったけれど、それ以上の探訪をしようとはしなったからですね。

裏に、このような細い道があり、石垣が続いていたなんて事は知らなかったし、父も教えてはくれませんでした。



さて。。 となると。。
その当時の地図が見たくなります。
大津市立図書館で古い地図を探してきました。


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明治36年 第一疎水が出来て13年後、第二疎水がまだ出来ていない頃の地図ですが、北国街道に沿って、土地がありその先が琵琶湖である事がわかります。





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昭和初期の地図です。
第二疎水が出来ていますが、尾花川 観音寺あたりの湖岸ラインはほぼ変化ありません。



冒頭に出てきた地図との顕著な違い。
湖岸ラインから、尾花川警察官舎、道路、尾花川公園、国道161号線 琵琶湖競艇場が。。琵琶湖に向かって増えている事です。

琵琶湖競艇場ができたのは、1952年昭和27年。国道161号線(二級国道)が指定施工されたのが1953年昭和28年。


先日 「尾花川官舎」の記事のコメントにあったように、尾花川、観音寺の湖岸ラインが変わったのは 昭和27年頃という事になるのでしょうね。。


 父が健在だったら、当時の話を聞けば、そりゃあもう大喜びで延々話してくれただろうと思います。。
大津の古い姿を追い求めるのが大好きな私は今頃後悔しています。






【琵琶湖岸ラインINDEX】
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[ 2013/06/09 21:26 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(2)

No title

私が知っているのは、赤線の左側のとこるは船着場だときいていました。あそこだけ広かったんですね。
そこを埋めて保健所ができたんだとおもいます。

 中学生の帰りはいつもそこから北国街道にでてました。
なんでかというと北保に小学生の時にいじめられたんで、用とおりませんでしたわ。
[ 2013/06/11 00:50 ] [ 編集 ]

★そば打ちおじさん

私より前の時代に同じ地域に住んでおられたそば打ちおじさんの、お話はとても貴重です。ありがとうございます。
保健所は、昭和20年代後半~昭和30年初期に建てられたという事になりますね。
木豊(製材所)が出来る前の景色も知っておられると言う事は、私が生まれる直前にあのあたりの風景は大きく変わったという事になりますね。
ありがとうございます。


北保にそんな悪がきがいたのでしょうか? 旧観音寺町にも結構悪がきしましたよ。。
[ 2013/06/12 14:03 ] [ 編集 ]

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