湖岸ライン②「観音寺」 (滋賀県大津市)

 尾花川から観音寺にかけての湖岸ラインは 突然途切れています。
その先は 製材所の材木置き場、製材所でした。
そしてその後ろが元実家です。

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「なんで二階がないの?」
「昔な、蜜柑の木のとこまで琵琶湖があってな、台風が来ると危ないし、二階は切ったんや」と父は答えてくれていました。

腰を屈めてしか歩けないような二階は、物置になっていて、父はハシゴで登っていました。


写真、製材所跡は保育園になっていて園庭の後ろの、緑の部分に蜜柑の木がありました。
製材所との境の立入禁止ゾーンのような場所へは、殆ど足を踏み入れませんでしたが そこに石が埋まっていたような記憶があります。
もしかしたら 湖岸ラインがあそこにあったのでは。。。。


旧製材所から、琵琶湖疏水までの途切れた部分がとても気になっています。



ただ疑問。。





昨日 ここまで書いて床について疑問が渦をまきました。

でもどうして、元実家は琵琶湖に向かって開口部が広かったのでしょう?
縁側は 蜜柑の木と平行にあり、大きな吐き出し窓が連なっていました。
玄関を入ると、土間がそのまま裏口につながってはいましたが、京都市内・大津によくある「鰻の寝床」ではなく、裏口につながる土間よりそれに交差する横の部分の方が長かったのです。

さらに何故、湖岸すれすれまでが、自分の土地だったのでしょう。
琵琶湖を眺めて暮らす事を前提に建てられた家屋だったのでしょうか?

恐れ多いたとえですが、大津の日本画家山元春挙さんの別荘「蘆花浅水荘」の造りに似たものを感じます。


近所のお宅に 琵琶湖に向かって開口部の広いものがなかったと記憶しているので、今更 不思議です。






まあ、こんな事書いても素人の想像の域を越えないお遊びですので、とりあえず、最後に ペイント初心者の元実家と蜜柑の木との関係の画像を添えて 終わっておきましょう。。。

13060721.png




【琵琶湖岸ラインINDEX】
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[ 2013/06/10 14:59 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(4)

No title

私が湖岸巡りでいった時は、歴史民俗の樋爪館長さんはそこはパスでした、保育園があるからだったんでしょうね。

大津百町でお寺めぐりと湖岸巡りいきました。なかなか2ツモあたらんかったみたいです。

 いい思い出になりました。離れた大津が懐かしいです。
瀬田にいた時もありましたが。今は東海道で有名な???矢橋ですわ。
[ 2013/06/11 00:57 ] [ 編集 ]

元実家

yumeさん。お久しぶりでーす。

元実家を探索中ですか?
元実家ということは、その後お引越しされた訳ですね。

現在の実家より、元実家の方が、幼い頃の記憶がぎっしり詰まっているのではないでしょうか?

かく言う私にも元実家があり、いつも夢に見るのはその場所です(笑)


15日の件、よろしくお願い致します。
集合時間の17分前につく電車があるので、それに乗る予定をしています。
[ 2013/06/11 19:59 ] [ 編集 ]

★そば打ちおじさん

元実家のあたりまでなんとか湖岸ラインの遺構があるのですが、その先 特に何もありません。
湖岸ラインをさぐる手がかりがないんでしょう。
あのあたりの路地裏事情はよくわかっているので、先日もウロウロしてきましたが、ますます疑問になってしまって、夜眠れなくなり、風邪までひいてしまいました(笑)


生まれ育った場所というのは、懐かしくいいものです。
同じ大津市内に住んでいる私ですら、こんな風に何度も訪れてしまいます。
[ 2013/06/12 14:07 ] [ 編集 ]

★merry さん

merryさんお久しぶりです。結局五個荘の時にご一緒したのが最後でしたね。 今回、またよろしくお願いします。
私も17分前の電車に乗ろうかと思いましたが、もう一本早いのがいいかなぁ?なんて思っています。


元実家は私が結婚してすこし後に引っ越しました。
幼い日、両親の愛情をいっぱい受けて暮らしていた実家や、その周りの風景はとても懐かしく心地いいものです。
特に、歳を重ねると ますますその気持ちが強くなるようで。。。。。(汗)
[ 2013/06/12 14:11 ] [ 編集 ]

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