湖岸ライン④ 「観音寺~浜大津 川口堀」 (滋賀県大津市)

 明治23年(1890年)竣工の第一疎水、明治45年(11912年)竣工の第二疎水の取水口になっているあたりは、その建築により大きく手が加えられ、そのまま変わることなく長い年月を経ているので、湖岸ラインは「疎水」そのものと言えましょう。
 
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明治36年発行の地図です。

地図右寄り、「西川口丁」「東川口丁」の間が入り組んでいますが、ここが「川口堀」

 この堀は、もと豊臣秀吉の時代に築城された大津城の中堀の跡で、江戸時代は薪炭などを荷揚げする船入り堀として活用されていた。大正年間以降は湖東の農村から大津町で出る下肥えを採集する船が出入りしていたという。昭和になって埋め立てられ、現在は堀の区画をしのばせるような長細い公園となっている。

 江戸時代にあったお堀が、今も確認できると言うのは、嬉しい事です。




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国道161号線からまっすぐ琵琶湖とは反対方向を見た画像、


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旧道の向こうに公園が見えます。


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こちら、公園の一番奥から琵琶湖方向を見た画像です
(雨の日に撮ったものですが、そのおかげで、お堀だった時代を思い描きやすいです♪)


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電車の見える楽しい公園です。



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さらに昔の戦国時代には、大津城の中堀であったと考えられています。
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国道161号線の川口堀口の、少し崎 「アクアテラス迎賓館」の右側に残る石垣。

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1586年築城の大津城本丸の西端ラインです。

交通量の多い結婚式場の横に、ひっそりと歴史ある遺構が埋もれているという現実は、いろんな意味で「大津らしい」と思います。。


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【琵琶湖岸ラインINDEX】
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[ 2013/06/13 19:36 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(2)

No title

この間の湖岸巡りの時、大津城のあとの遺跡はみてませんでしたわ。
 そんなに石垣は大津城のあとですか。
[ 2013/06/14 22:36 ] [ 編集 ]

★そば打ちおじさん

資料にあったので、行ってみました。
大津城は、安土桃山時代のお城、築城1586年。400年以上も前のものが、このような所に残っているというのは、意外でした。
人知れず、埋れているので、もう少し大切にしてあげたらいいのに。。と思ったりしています。
[ 2013/06/15 21:11 ] [ 編集 ]

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