「信長の隠れ岩」 (滋賀県高島市)

 「朽木」=「くつき」
小学校4年生の時の担任の先生の前任地が朽木小学校で、折に触れ「朽木」の話を聞かせて頂いていました。
分校がいくつもあり、文通を始めようとクラス全員がお手紙を書いた事もありました。
滋賀県唯一の「村」
子供は、とかく田舎を馬鹿にしがちですが、担任の先生のおかげで「朽木」にはとてもいいイメージを持たせてもらいました。
高島市に合併した後、「朽木村」の「村」という文字が消えたというものの「朽木」という、なんとも 鄙びた感じの漂う地名が消えなかった事は、嬉しいことです。



 1570年 織田信長が敦賀攻めの最中、浅井長政の裏切りを知って袋小路状態になっていることを知り、京都へ逃げ戻った際に通ったと言われている朽木越え、通称「鯖街道」、国道367号。

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この途中に信長が岩窟に身を潜めて待機したと伝えられている「信長の隠れ岩」というスポットがあります。



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道路から、約5分、坂道を登ります。
綺麗に整備されていますが、舗装されているわけではありませんので、雨降りの前後は気をつけましょう。
ヒールは無理です(笑)

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大きな大きな岩の、割れ目。

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ここに、すっぽりと。。信長は身を隠したのでしょう。。



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いやいや。。 昔の人は大変だった思います。
今、ここに来るのですら、安曇川駅から何分もバスに揺られて来ました。
さらに道路からここまで上がるのすら、息切れがしたりして。。
当時は 当然道路も整備されず道なき道を進んでの逃亡だったわけです。
少々の体力では、持つわけありません。

そんな事を考えながら、足を滑らせながら下山しました。。。


詳しい地図はこちらになります。
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ご興味のおありの方は、是非 ご参加くださいませ。
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[ 2013/06/19 15:44 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(4)

朽木村

 朽木村って残しておいたらよかったのにね。百貨店もあたのにね。
 大昔の人はどうしてたんかな、車がないとき。

朽木村の名前が去年初めて歴史回廊で地元の人の説明で、朽木という大名がいたから出すって。

その時は隠れ岩があるけれど、一般に広げてなかったんか、いきませんでしたっわ。

その時は興聖寺と古代遺跡の池ノ沢庭園にいきました。

[ 2013/06/19 18:20 ] [ 編集 ]

★そば打ちおじさん

「くつき」って響きが好きです。

「隠れ岩」は、町おこしの一環として、今年あたりからPRされているようです。


そば打ちおじさんは、本当にいろんな所行っておられるのですね。知り得た知識もしっかりと自分のものになっていて、尊敬します。
私って、講座や探訪に行っても、すべて右から左で記憶に残ってないんですよ。。。
[ 2013/06/19 19:26 ] [ 編集 ]

No title

興聖寺と元興聖寺跡、そして朽木陣屋など朽木氏関連の史跡は一通り回ったんですけど、ここは行きそびれました。


信長は猜疑心が強いので出迎えた領主朽木元綱が最初武装してたので謀殺を警戒して出て来ず、それで元綱が武装を解いて服を着替えたことでようやく出て来たって話がありますがこの岩に隠れてたんですね。

[ 2014/11/15 17:32 ] [ 編集 ]

☆けんさん

けんさん 古い記事へのコメントありがとうございます。
こちらは、個人ではなかなか訪れにくい場所ですし、よほど好きでないと訪れない場所だと思うのですが、県の事業のおかげで行く事が出来ました。 こういうものが、このように保存されているのは嬉しい事です。
歴史を身近に感じる事ができます。
[ 2014/11/17 22:32 ] [ 編集 ]

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