【兵庫・ブロガー100人戦国トリップ】≪ノスタルジックアイランド淡路≫昭和がいっぱい岩屋の町

明石海峡大橋が出来るまで、明石~岩屋は船で結ばれていて、淡路島の玄関口として賑わいを見せていました。
1998年に開通して、16年。
町で出会った初老の男性は「町は寂れていく一方や、昔はここら、子供がいっぱい走っとったんやけどなぁ。。」とお話してくださいました。
海岸線沿を走る国道28号線から一本入った道に続く「岩屋商店街」 界隈に幼い日に見た風景がたくさん残っていました。

子供の頃、パチンコ屋さんは駅前、商店街などの日常的な場所、ふらっと入れる場所にたくさんありました。
ジャラジャラと音が聞こえ、キラキラ輝くパチンコ台とパチンコ玉らしいものをドアの外から感じていました。




商店街の脇から、のびる階段の先はお寺。。。
「この店はなぁ。定年退職になった息子がやっとんねん」と教えて頂きました。
町の人々の、ちよっとした日常の必需品は、ここに来たら揃う。。 人々にとって重宝なお店なんだろうと思います。



ここのお店もきっとそう。。


そんなお店がいっぱい。。






あ、これは車の椅子ですよね。
私の家の裏庭にもあったんです。
父が仕事で車輌関係の事をしていましたから、持って帰ってきたんだと思います。
妹や友達と、車を運転している真似をして遊んだり、座ってシャボン玉を楽しんだり。。
こういう使い方懐かしいなぁ。。


写真をよくご覧ください。
橋の欄干は画像幅いっぱいの所です。恐らく、作られた時この幅だったんだと思います。
それが、何故か道路幅に狭められ、その間に仕切りが作られ、樹木が置かれるようになったのでしょう。。
不思議な使われ方の橋です。
洲本、福良、岩屋と懐かしい町並を求めて歩きましたが、ここ岩屋では人の暖かさが見えました。
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5年前にあるきました。岩屋と明石のフェリーがおかしくなってしまったんですね。まえはたこフェリーというてました。高速の橋がやすくなったからですね。
フェリーので岩屋の山の中腹に温泉があっていきましたわ。
たこフェリーの乗場は、今の乗場からは徒歩で5分位離れた所にあったそうです(その場所をきちんと特定して見て来る事が出来ませんでした。)
たこフェリー廃止に至る過程をネットで色々検索して調べてみましたが、大変だったようですね。
個人的には、島に入るのは、船で渡る方が、目に映るものや時間の経過から、五感で実感が出来るので好きです。 どんな形にしろフェリーが残ったことは良かったと思います。
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