「仁風閣」とその周辺 -鳥取の近代建築-

<山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー 2013後期>

鳥取市内歩き 「仁風閣」とその周辺 -鳥取の近代建築

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強風の日本海岸を後にして、再び鳥取市内へと向かいます。


鳥取駅から歩くと40分位でしょうか。北東に鳥取城址がありその周辺は久松公園として整備されています。
お堀の向こうに、江戸時代のものとされる石垣を見上げる事ができます。

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その手前に見える、白亜の洋館。
重要文化財「仁風閣」

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明治40年、皇太子嘉仁親王(のちの大正天皇)の山陰行啓時の宿泊施設として鳥取藩主池田仲博侯爵により建てられました。

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縦長窓、煙突。近代建築らしさが漂い、さらにルネッサンス様式がゴージャスな感じを与えます。
時間の都合で建物内部に入る事が出来ませんでしたが、支柱のない螺旋階段など見所は多数あるようです。







仁風閣と道を隔てた正面にあるのは、鳥取県立美術館。
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1972年(昭和47年)開館。

仁風閣とは対照的で直線的で殺風景な感じのする建物ですが、この対比がまた面白いと思いました。
両方に建物としての魅力があります。





→ 仁風閣
→ 鳥取県立美術館

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[ 2014/01/15 22:27 ] ---まちあるき--- 鳥取県 | TB(0) | CM(6)

No title

仁風閣もいつか見てみたい建物です。
皇太子の訪問を迎えるために建てられたのは松山の萬翆荘と同じですね。この時代の地方の元藩主の風潮なんでしょうか。それにしても贅沢な建物ですね。
[ 2014/01/15 22:54 ] [ 編集 ]

No title

仁風閣は何回もみていて、娘が結婚したときに、かにをご馳走するわで、やっといきました。そうそのときは瀬田にすんでいたんですわ。
いい建物です、まだ山陰線が餘部の鉄橋がまだ出来てないときにたてたそうです。
舞鶴から船で明治の偉い人がよーくかよっていたそうですわ。
[ 2014/01/16 01:08 ] [ 編集 ]

No title

ここは前から気になっていたスポットでした。鳥取市内の中心部は宿題で残したままのエリアなんです。
[ 2014/01/16 20:58 ] [ 編集 ]

★vivasanさん

この時代の建物は、本当に贅沢で豪華ですね。
人より長く生きる事の多い、建物。 目でダイレクトに見る事の出来るもの。。ですね。
ゆっくりと建物を味わうには一時間以上は必要ですね。
次回はゆっくりと立ち寄りたいと思います。
[ 2014/01/16 21:40 ] [ 編集 ]

★そば打ちおじさん

餘部鉄橋は、町の人々が資材を運んで協力したという駅にあったあの絵が思い浮かびます。新しくなる前に二度、新しくなってから一度。。
何度も訪れています。 好きな場所のひとつです。

船の主流の時代。。 時がゆっくり流れていて良かったでしょうね。
[ 2014/01/16 21:43 ] [ 編集 ]

★うてきなぷりぱさん

始めて鳥取に宿泊したのは、因美線で鳥取に着いて、翌日に若桜線に乗るという旅をした時で、その時は駅前は整備され新しい町だという印象でした。
駅南のホテルに宿泊したがためのイメージでした。

駅北側に広がる市内中心部はなかなか面白い町です。
[ 2014/01/16 21:48 ] [ 編集 ]

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