企画展「江若鉄道の思い出」 <江若鉄道の痕跡さがし> (滋賀県大津市)

「JR西日本 北陸本線3セク移管直前旅」は、小休止。




 幼い日の思い出を、たぐり寄せることが心地よく、懐古趣味であるのは、幼い日の時間が幸せであったからでしょう。
両親の愛情を一心に受けて、穏やかな日々を過ごしていたからだろうと、感謝しています。




 現在、大津市歴史博物館で開催中の「江若鉄道の思い出」 

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江若鉄道とは、その名の通り近江と若狭とを結ぶ事を目的に設立された鉄道。
1921年(大正10年)に滋賀県の三井寺下-叡山間。10年後の1931年(昭和6年)に浜大津 - 近江今津間51kmが開通しました。
ところが、湖西線開通が決定。1969年(昭和44年)に廃線となりました。

 幼い日々を過ごしたのは三井寺下駅。 毎日、江若電車を見て育ち、幼い日の情景の隅にはいつも江若がありました。
鉄道好き、思い出好き の私が、「江若鉄道の思い出」という企画展示を見逃すわけがありません。


初日の3月7日の朝から見にいきました。


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勿論、関連講座は三つとも参加させて頂きます。



「江若の痕跡さがし」
申込者が多く抽選になったそうですが、運よく当選。

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木津学芸員さんの ジオラマの前での説明。

このジオラマは、実に忠実に再現されていて、形のない物を立体的にとらえる事ができるので何度も何度もあらゆる角度から見せて頂きました。
展示内容については、後日記事にさせて頂きます。




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赤線が江若鉄道
黄線が京阪電車(図面右上まで走っていたのですが実際中央分離帯のようになっている所のどちら側を走っていたかわからないので、記入していません。)
青線が北国海道
(北国海道に関しては過去に記事にしています。 → 東海道と北国海道の分岐点「札の辻」  から、6回シリーズ )

今回歩いたのは、江若鉄道沿線、地図手前半分位と、その先です。

 写真中央より心持右下のあたり。車輌らしきと、何本かの線路らしきを見つける事ができます。(右サムネイルクリックで多少大きくなります)
線路から、右の北国海道への短く細い白い箇所。

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現在はこのような形になっていました。
左側の住宅を見てみましょう。
玄関が広場に向かっています。

「ここは、北国海道から、江若鉄道の三井寺駅への通路だったことがわかります」と、木津さんの説明がありました。

そうだったのか!!。。 ここは広場ではなく通路だったんだぁ。。
始めて知る、衝撃の事実です。

私の家はこの広場のすぐ近くでした。
当時はフェンスも何もなく、突当たり(写真では手前)にはいつも江若の電車が停まっていて、構内を見渡せるような感じではなかったと思います。
もっとも、父からは「江若に近寄ったらあかん、危ない」と強く言われていましたから、北国海道沿から覗き見るような感じでしかありませんでした。
 江若の駅への通路だったというものの、恐らくそのような使い方をしている人は皆無に等しく 大人でさえ「広場」という認識だったのではないてじょうか。
 父は、ここに車を置いていました。いったいどなたの土地だったのか江若のものか、公共のものかわかりませんが、どこに車を置いてもいい時代だったのでしょう。
 男の子達は此処で走り回っていましたし、地蔵盆の時にはテントが張られたりしていました。
お祭の時には、出店が並んでいたのを覚えいます。
 なんの疑問もなく「広場」だと、今まで思い続けていた場所が 通路だったとは目から鱗状態でした。

 初日に企画展を見に行って 三井寺下駅構内のジオラマをしげじけと見て、疑問に思ったのは、当時、江若で堅田へ通勤していたという父は、いったいどこを通って駅まで行っていたのかという事。
三井寺下駅正面から入るのには、かなり大回りをしないといけません。
 母に尋ねると、「家の前の広いとこ あったやろ あそこ すっすっと通って行ってはったで」
「え? あんなとこ通って?」
 このような会話をしたのは、今回の野外講座のつい2.3日前の事でした。
「あんな とこ。。」
そう 父は 「あんなとこ」を通っていましたが、それは別に悪い事ではなかったようです。

木津さんがおっしゃる通りの使い方をしていたまでの事だったのです。。
三井寺下駅、家の前の広場の新たな事実との出会いがありました。












歴史博物館を出て、三井寺下駅構内と思われる場所に入ると早速。。
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電柱に「江若」のプレート。
いわば、電柱の住所みたいなものなのですが、かつて「江若」の敷地、周辺であった事を物語っています。






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道路になっている所が、線路だった所です。
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空地の前方にゴロンと転がっているのは、江若の枕木?



昭和43年の写真の蔵をよく見てください。
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今も同じ蔵が残っています。
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線路跡の両端を注意深く見ていると あちこちに境界を示す石標を見つける事ができます。
近江の「お」=「O」 若さの「わ」=「W」 で 丸の中にW これが江若のマークです。
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 この写真ではちよっとわかりにくいのですが、写真右側の線路沿いに工場によくある連続した片折れ屋根が見えます。
古い写真と同じように今も残っていました。
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 このあたりは、三井寺下駅正面の空地で、この場所でも地域の方々の盆踊り大会が行われていたとの事。
私の知り合いが、野球をしていたというのも、このあたりかなぁ。





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ここは、ガソリン給油所があった場所。
脇へ入り、さらに奥。




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参加者さんから教えて頂いた駅跡。 ホーム跡かなぁ。






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 ここにも、当時の写真と同じ蔵が残っています。








 ここは、また私にとって、なんとも懐かしい場所。懐かしい写真です。
この踏切は殆ど毎日通っていました。
「アサヒ靴」の看板のあるお店には、所狭しと雑貨が並んでいましたが、なんでも揃うお店でした。

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ジオラマではこのように制作されています。
踏切番のおじさんは2人おられ、制服制帽姿だったと思いますが、電車が来るたび遮断機を下ろし、手に赤白の旗を持ち白旗を振っておられました。

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黄色い旗の後ろから、電車が出てきたり、入っていったり。。
信号下の北保町の自治会館は当時のまま。

余談とです。仲良しの友達の住む町の自治会館でしたが、最近 木造菩薩立像、鉄造弥勒如来坐像を所蔵しておられるという事を知り、歴史深い町である事を知りました。

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疎水に架かる、鉄橋です。
子供心にも、ここを走る江若の姿が一番好きでした。

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今も残る、煉瓦の橋台。
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江若浜大津駅付近から、三井寺下駅方向を見た写真です。

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道路のカーブの仕方は殆ど変わっていません。
ナショナルの塔屋部分に、今も何やら塔があるのは愛嬌でしょうか?(笑)
線路脇の小さな家には、まだ今も残っているのもがあります。

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 幼い日に当時を過ごした者。
「勝手知ったる。。。」場所だと思っていましたが、新たな発見が多数ありました。
あの頃をいつまでも、風化させてしまわないためにも、「痕跡」はいつまでも残っていて欲しいものです。



過去の江若関連記事

→ ありし日の江若鉄道

→ 廃線から40年の江若鉄道 <近江今津駅>

→ 江若鉄道 ボンネットバス資料館

→  江若鉄道廃線跡

→ 江若鉄道 三井寺下駅

 京阪電鉄「浜大津駅」 ジオラマ


関連記事
[ 2015/03/23 06:00 ] ▼廃線・未成線 江若鉄道 | TB(0) | CM(8)

No title

>参加者さんから教えて頂いた駅跡。 ホーム跡かなぁ

あそこは線路だけでした。ホームはもっと山側です。

広い観音寺への通路はよくわたりました。お風呂に通っていた人もいたかな。

でもキリン堂ができて、社屋のあとはないですね。
[ 2015/03/24 01:13 ] [ 編集 ]

No title

浜大津駅のジオラマは高校時代を思い出してみていました。
こんなことになるのなら、発車までの待合時間はたんまりあった筈ですから、駅の裏側の方など見ておくべきでした。車内は田舎っぺばっかりで、のんびりしたもんでしたよ。
[ 2015/03/25 09:07 ] [ 編集 ]

☆そば打ちおじさん

 廃線になってからは、大津湯へは、観音寺の通路を通ってました。
伊庭善の踏切の所から回るよりもずっと近道になります。
廃線跡、ホームや車両が残っていたと言うことですが、お風呂に行くために通っていた時にはも何もなかったような。。 何もなくなってから通っていたのかな?

言われてみれば、ホーム跡という場所は線路になりますね?

結婚→子育ての頃には元実家近くに行く事もなく、久しぶりにあのあたりを訪れたのは15年後位だったかなぁ。
町がすっかり変わっていて驚きました。
でも、観音寺~尾花川の旧北国海道は変わりませんね。
[ 2015/03/26 19:55 ] [ 編集 ]

☆吉祥さん

私もです。
こんな事になるなら?(笑) 江若電車に乗っておくべきでした。
浜大津駅、三井寺下駅にすら一度も入った事ないなんて。 なんて勿体無いのでしょう。
父は、いろんな所を連れてってくれました。枚方パーク 植物園 宝塚ファミリーランド 八瀬遊園地 京阪レークセンター。。。。 でも 何故か 江若電車には一度も乗せてくれなかった。。
女の子が喜ぶわけないと思ったのでしょうか?
あ、でも 当時の私は電車に乗ること そのものが好きだったわけではありませんからねぇ。
[ 2015/03/26 20:00 ] [ 編集 ]

No title

yumeさま
今回の歴博での展示に限らず、前回も含めて何度もジオラマを熱心に見て頂いてありがとうございます。ジオラマを作った者としては、会場で熱心に覗き込んでおられる姿を見たり 後日ブログ上に書き込まれているコメントを読ませて頂くときが至福のときです。有難いことに今回の歴博は予想を上回る来場者で、ジオラマ撮影OKとしたこともあって 多くの方々が写真とともに投稿されています。特にうれしいのは江若を知らない世代の方々が関心を寄せて頂いていることです。単なる回顧趣味ではなく、自分が住む町が自分の親の世代にはどんな姿だったのか、親たちはどんな生活を送っていたのかを思い描くことが郷土愛につながるのではと思います。今回の展示やイベントを一緒にお手伝いした仲間のF君とも良く話題にするのですが、我々世代になると自分たちが若い頃に記録してきた写真や多くの書籍、資料などは 子供たちにとって興味がない分野だと、引き継がれることなく単なるゴミ、廃棄物となって消えてゆくのです。ある意味仕方のないことですが、その一部でも後世の人に見てもらったり引き継いでもらうために、大げさに言うと 若い頃にお世話になり迷惑をかけた多くの方々へのお礼や社会への還元が趣味生活の最後のステージだろうと思ってお手伝いしています。ヒロさんにも行かれたようですね。私もすっかりヒロさんのコーヒーとシフォンケーキのファンになりました。遠く離れた大津に多くの知り合いができたのも江若のおかげと喜んでいるところです。
[ 2015/03/28 11:52 ] [ 編集 ]

☆備後のカワセミさま

☆備後のカワセミさま
直々にコメントを頂き大変恐縮しております。
今日、3回目の講座に行く途中に備後のカワセミさんからのコメントがあった事を知り、驚きました。恐れ多くも。。。。です。。。。

 本当に多くのジオラマを作って頂いた事で立体的なイメージがつかめ、記憶を呼び戻すきっかけとなり、感謝の気持ちいっぱいです。
 
 コメントを読ませて頂き、備後のカワセミさんの根底にあるものを感じ、それだからこそのあのジオラマから暖かさを感じるのだと納得しました。
 
 備後のカワセミさんとは、少し年齢が違いますが、現役世代引退間近(親、社会人として)にして、将来への不安、生き方の迷いがたくさんある私ですが、カワセミさんはご自分をしっかり見つめて、真っ直ぐ生きておられるので、素敵だと思いました。


 やっぱり、も一度、も二度歴史博物館に足を運び、ジオラマ、みなさんのお写真、絵画をしっかり目に焼き付けてこようと思います。


 コメント頂き、ありがとうございました。
[ 2015/03/28 22:17 ] [ 編集 ]

No title

yumeさま
過分なお褒めのコメント こちらこそ恐縮の至りです。27日までの入場者数が4200人と聞きました。勿論yumeさまのような熱心なリピーターも多く含まれていると思います。私は撤収作業もあるので4月11日午後と最終日は必ず行く予定です。三井寺の桜も楽しみにしています。ありがとうございました。
[ 2015/03/29 09:54 ] [ 編集 ]

☆備後のカワセミさま

 たびたびのコメントありがとうございます。恐縮です。。
備後の方の桜はどんな様子でしょうか。
今日は、名古屋・三重の方に出かけていましたが5分8分咲と行ったところでしょうか。帰ってきたのが暗くなってからだったので大津の桜の様子はまだ見ていませんが、この調子だと例年より早くなるのではないかなぁと思っています。
大津の桜は、まるで時を合わせるかのように4/8 入学式の頃から満開の時を迎えます。
自分の入学式、娘達の入学式を思い出すとき、いつもその傍らには満開の桜があります。

 再び、備後のカワセミさまとお話させていただきたいのですが、4/11午後 4/12は用事があります。
それより少し前に 界隈の桜見物と一緒に歴史博物館を行こうと思っています。
[ 2015/03/30 21:49 ] [ 編集 ]

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