
現在 大津市歴史博物館で開催中の「江若鉄道の思い出」
初日の朝に足を運びました。
玄関を入ってすぐ、目をひくのが 三井寺下駅のジオラマ。

三井寺下駅のすぐ近くに住んでいたのに構内を見た事は一度もなく、垣間見えていた懐かしい建物が どのような位置にどんな風に建ち、どのような役目を果たしていたのかが、ジオラマからわかります。




一度も乗ることのなかった江若鉄道。高島町駅を見る事もありませんでしたが、2面4線、貨物ホーム。
静かな高島の町にとって、かなり大きな駅であった事を思い描くことが出来ました。
三井寺下駅から浜大津駅は歩いても10分程度の距離。
ターミナル駅で、京都へ買物に行く時、初詣、遊園地。。 どこへ行く時も利用しました。


浜大津界隈のランドマークだったのはなんと言っても ナショナルの広告塔。
夜になると、ネオンサインが変化し小さな妹が歓声をあげていたものです。
浜大津の町を見下ろし続けていた広告塔はいつの頃無くなったのでしょう。子育てで忙しかった頃かもしれません。

江若鉄道と、京阪電車が仲良く並んでいた浜大津駅構内。
左二線が京阪電車。右が江若鉄道です。
この情景は、廃線跡5年位は感じられました。

京阪電車京津線ホームが石坂線と分かれていた頃です。 線路のカーブも懐かしいけれど、パチンコ屋さん お土産屋さんも懐かしい。


続く、建物。黒い重厚な建物は今も残っています。
サントリーの建物は、また懐かしい。。

京阪電車三井寺駅から、浜大津駅の間にいつも見えていた 青シェードに白抜きの「ヒロ」という喫茶店。
今も場所を変え営業されています。
→
浜大津のヒロ"> 浜大津のヒロ
江若の「浜大津駅」
ここの階段に座って、母とバスを待った日もありました。

京阪電車の事務所。
「京阪特急」の斜め文字看板が懐かしい。

京阪電車京津線ホーム
これをじっくり見て感動したのは、コインロッカーの前の覆い。
ありました。透明の覆いに閉塞感を何故か感じていました。
懐かしい浜大津周辺風景がこと細かに詳細に、再現されています。
子供の頃、小さな胸で感じていた喜怒哀楽、疑問、そんなすべてが 些細な再現から蘇ってきます。
これをこのまましっかりと目に焼き付けておきたいけれど、そんな記憶力もなく、カメラであらゆる角度から撮影してみるのですが技量不足が疎ましい。
ただただ、制作してくださった 西村さんに感謝。
タイミングよく、二度の歴史博物館訪問で、お話させて頂く事が出来た事が幸せです。

二階の会場出入り口にあるのが、白鬚神社駅のジオラマ。

徳田さんの映像(歴史博物館で常時見る事ができます)や、みなさんの写真で何度も見ましたが、ここまで琵琶湖岸すれすれに走っていたんだと立体的に確認できました。


ジオラマのみ、撮影可能なので、すべてをお伝えできないのが残念ですが、江若を愛する人達の幅広い展示が満載。
江若鉄道最後の2日前を追った同志社大学鉄道同好会クローバー会による詳細な記録と写真。
沿線.の写真館、三羊館さんが事あるごとに撮影されていた写真。
江若鉄道の沿線スケッチをしておられた沿線風景を描いておられた赤井泰山さんの絵画。
江若社員さんの撮影された写真、何メートルにも及ぶ巻物状の各駅の図面、自治会館で自由閲覧できるように置かれて写真、
そして、一般の方々からの江若の思い出。
48年間、51キロ 湖西を走り続けた江若。
廃線40年を経て今もなお、このような形で愛され続けている事に感動、そしてこの企画展を開催してくださった大津市歴史博物館さんに感謝です。
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本当に懐かしいですね、何もかも、
江若鉄道の歴史博物館まだみていません、
三井寺下のは外にあってみましたが、車庫もおこられながら小学生のころおにっごこで遊んでました。前の広場では野球をしていましたわ。
三井寺下駅を見ていた場所は三箇所。日常的には、北国海道から三井寺下駅への通路と言われた、その通路から。
大津湯に行く時は、三井寺下駅への道を大門通から。 もう一つは、夏休みなどに町内から学校のプールへ行く時に通った道から。 いずれも線路よりずっと外側。 遠巻きに見てました。
近寄ってはいけない場所だったから。。
今なら遠巻きでも、一日眺めているだろうに。。
すばらしいジオラマですね。江若鉄道を知らない私も当時の様子が伝わってくるようです。
欲を言えば、フィギュアがあれば生活感がでてもっと
よかったなと思います。
歴博で講義のあと、三井寺下駅があった云う所に行きました。今は遊歩道となっている起点あたりが、ホームがあった所と推測するのですが思いだせなくて。
高校に通っていた頃は、一年に少なくとも250日は学校があったとして、3年で750日、往復だとその倍で1500回あの場所にいてた筈なんですがね。
もう半世紀前のこととなってしまいました。江若鉄道はもう歴史ですわ。
平面度は描けない景色が、立体化される事で何倍も見えてくるんですよね。
幼い日に引き戻して頂けて、感謝しています。
フィギュアといいますか、踏切小屋の中には、きちんとおじさんが2人、作ってあって 微笑んでしまいました♪
あのあと、すぐに三井寺下駅跡に行かたのですか。
私も、皇子山中学裏から、二本松の競輪場辺りまでの道を歩いてみようと思っています。今はもう大きな道路になっているのですね。
とにかく私は江若現役時代は遠目に眺めていただけですから、具体的な姿がわからないままなのが残念。
廃線になってからも、カーブになったホームが見えていたかなぁ程度の記憶。。
一度でも三井寺下駅から乗っていたら記憶もあったでしょうに。。
廃線から50年近くなる江若ですが、企画展をすると何人もの方が見に来られ、思い出を口にされる。
人々の身近にあり、愛されてきた鉄道なんですね。
このまま、語り継がれていくといいですね。
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