おまつり

 5月5日 氏神様のお祭の日。
ここ何年かは、娘家族の帰省などでお神輿巡行の時間に自宅にいる事が少なく「そういやお御輿来た?」という感じでした。
今年、娘家族は早々に自宅に戻り久しぶりに お祭の日はのんびり。

「わっしょぃ わっしょぃ」の声に誘われ、カメラ片手に外に出てみました。
どんどん声が近づき、カメラを構えて 「あっ」 一瞬シヤッターを押そうとする手も止まりました。


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トラック二台。
スピーカーで太鼓の音と、「わっしょい」の声を流し、子供が2人荷台に乗り太鼓を叩いています。
お神輿は二台目のトラック。

しかも、このお神輿は隣の町内のものだと思われます。
このあたり、町の区割りが複雑で町内を巡行しようとするとよその町内を通らないといけなかったりします。


私の町内は? いつの頃からか 私の家にまでは来ないようになったようです。まさか巡行がなくなったわけではないでしょう。 娘達が大きくなり。。お祭にとんと。。縁がなくなり 何もわからなくなりました。


2005年 以前のブログの記事です
→ おまつり


10年前、既に娘達は子供ではなくなっていましたが、自宅前に来るお神輿で、活気を感じさせてもらっていました。
以前は、自宅前が休憩場所になり 青い法被 ねじり鉢巻の子供たちでそりゃあ賑やかだったし、観覧しているみんなにもジュースが配られました。


 私が子供の頃の「おまつり」はもう一大イベントで、家の前に縁日の出店が並び、家には親戚が集まりました。

特に伝統的なお祭ではありませんが、少しずつこのような行事が消えつつあるのかと、寂しく思います。
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[ 2015/05/06 21:44 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(2)

No title

小学生の頃、祭りと聞いただけでわくわくしていました。授業も2時間で終わりで、急いで家に帰ったもんです。巻きずしに、鯖寿司の美味しいかったこと。

里の祭りは山王祭の流れをくんでいますから、それはそれは勇壮な祭りだったのですが、それがいつごろからか神輿に台車をつけて走るようになりました。
もうこうなると見に行く気がしません。もう何年もふる里の祭りには行ってません。神輿は五社あって集落ごとの競争で、運動会のリレーより迫力がありました。負けたら長老格にこっぴどく叱られるらしくて、担ぎ手は顔色が変わっていたそうです(兄から聞いた話)。

祭りは神輿の担ぎ手も必要ですが、担ぎ手以上に見物客がいないと洒落にもなりませんわ。それとこれは色々と問題があるかも知れませんが、屋台がでないと祭りにはなりません。どこかの花火大会のようになると困るので、主催者側が躊躇するのも分かりますがね。

一旦祭りが廃れてしまうと、だれも祭りを見に行かなくなってしまいます。観客がいなかったらあほらしくて、神輿なんぞ担いでおられませんわ。
サッカーの無観客試合のようなもんです。そんなことで今後益々神輿渡御は減っていくのと違いますかね。

そう思うと日吉の山王祭はよくやっていると思います。みんなで見に行って盛り上げることが、後世まで伝えることの近道だと考えますがいかがなものでしょうか。
[ 2015/05/07 07:45 ] [ 編集 ]

☆吉祥さん

私が住んでいた所のお祭は、立派なものでなく稚児行列と神輿渡御だけでしたが、それはそれは楽しい特別な日でした。とにかくまず、お祭の地域児童だけ二時間で帰れる。。 家が近づくにつれて華やかな屋台が見えてきて、触れ太鼓の音が聞こえてくるのです。
家に帰れば母は来客を迎えるため大忙しですが、私はおこづかいを貰って屋台へと繰り出し。。 インチキじみた綺麗な色のものを買うんです。
母の作った巻き寿司、三つ葉の香りと海苔の香りが混じっておいしかったなぁ。今スーパーで売っているような甘いものじゃなかった。。 鯖寿司は苦手だったけど、サイダーが飲めるので嬉しかったなぁ。。


山王祭は、花渡というのでしょうか。参道を稚児行列が綺麗な花と一緒に歩くのを見にいったことがあります。
丁度桜の季節で印象的でした。 毎年、もう一度見に行こうと思うのですがどうも仕事の休みとうまく合わずいけずじまいです。
お祭を後世に伝えるために、今じゃ マスコミの力も不可欠でしょうね。
[ 2015/05/07 09:43 ] [ 編集 ]

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