地中に沈む鉄道浪漫 「旧逢坂山トンネル」  (滋賀県大津市)

京阪電車京津線大谷駅から北へ5分程歩いた所。名神高速道路を見下ろせる場所に石碑が立っています。

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「逢坂山とんねる跡」

裏に回ればこんな文字が彫られています。
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「明治十三年日本の技術で初めてつくった旧東海道線逢坂山トンネルの西口は名神高速道路建設に当りこの地下十八米の位置に埋没したここに時代の推移を思い碑を建てて記念する」



明治5年 新橋・横浜間で日本で最初の鉄道開業
明治7年 大阪・神戸間開業
明治10年 大塚・京都間開業

この後、京都・大津間を開通されるべく、県境にあたる逢坂山隧道(トンネル)の工事が着工されます。
それまで外国人にたよっていましたが、この時 はじめて日本人の手だけによる工事となりました。
明治13年 逢坂山隧道工事完成 京都・大津間開通。
以後、隧道を列車が走り続けましたが、大正10年 新線が開業。 その後列車が走る事はありませんでした。
太平洋戦争中の昭和20年、B29の爆撃に対しての工場疎開としてトンネル内に工作機械が置かれ工場として敗戦まで使用されたりしたあと、昭和30年頃から始まった名神高速道路の工事の際、地中に埋まってしまいました。

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地図上部にある「旧逢坂山隧道西口」 が石碑のある場所です。

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明治45年の地図、「逢坂山隧道」の記載があります。


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フェンス、防音壁などがあり、うまく見る事ができませんが、名神高速道路の左手の草むらのあたりがそうなんでしょうか。
渋滞している時に、高速道路を走ったらもっと具体的に見る事が出来るのでしょうか?


「地下十八米の位置に埋没」

「埋没」という言葉に惹かれます。
解体されることなくそのままの形で隧道は残っているのでしょうか?
地中に残るかもしれない鉄路に胸が高鳴ります。


鉄道研究会のメンバーと「掘ってみようか」などと、地中の浪漫を語ります。


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西側に碑があるのですね。
知りませんでした。
また機会があれば見に行きます。
[ 2017/08/29 21:45 ] [ 編集 ]

★タケヘイさん

私も知りませんでした。
大谷乗馬場へ行く時に、前を通った事はあり 石碑があるのは横目で見ていたのですが、まさか そんな大切なものだとは思いもしていませんでした。
「埋没している」って わくわくしませんか? 掘ってみたくなりませんか?(笑)
透視の目で見てみたいと思いませんか?  私は考えると寝られなくなります。

大谷駅から歩いてすぐです。
[ 2017/08/29 21:49 ] [ 編集 ]

京都から大津まで明治の最初のころはトンネルがほれなくて。稲荷から深草から山科まではトンネルのいらない稲荷山の下をとうして、大谷からは大津まではどうしてもトンネルが必要でした。今は東海道線は東山トンネルと逢坂山のトンネルで結ばれています。
名神高速道路作るときに前の東海道せんの後をうまく利用したんですね。山科の駅あともありますすわ。
逢坂山トンネルも国のものだから、高速でつぶれたんですね。逢坂山のトンネルはすごく手がかかえっていますね。東の前までいきましたけど。長く地震研究所ではなかったのかな。
[ 2017/08/31 13:19 ] [ 編集 ]

★そば打ちおじさん

東口は何度か行った事あったのですが、断片的に見ている感じで、よくわかっていませんでした。
鉄道研究会で勉強して 旧線の歴史、路線図 地形。 西口の存在、位置を確認 すると、「東口」を見る目がまったく違ってきました。

東口だけでなく、旧線の位置、西口の「埋没」の文字を見ると、東口が ぐっ。。と魅力的になります。
[ 2017/09/01 21:46 ] [ 編集 ]

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