旧逢坂山隧道東口 至近 「安養寺」 (滋賀県大津市)

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前回掲載の地図と、現在地図の詳細です。

隧道東口を出てすぐの所にある安養寺さん。 その昔 敷地内を旧東海道線が走っていました。

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ご住職さんが 「この高さでこの位置に線路があったそうです」と お話しされたのは、目線より少し高い位置。

境内 北東角の延長線上に 旧東海道線の擁壁が見え、なるほど境内北東部をかすめるように線路があった様子は目に浮かびます。
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具体的なお話しをお聞きして、さまざまな疑問が沸いてきました。
現在と同じ位置関係で本堂があったとすれば、境内の目線の高さに線路があり蒸気機関車が走れば煙も音も大変だったというか、想像を絶するものであったのではないでしょうか。 安全面に対しても疑問を感じます。
でも確かに旧線はここを走るしかないので、お寺の位置が少し違っていたという事でしょうか。

また前回にも画像掲載の京阪電車京津線脇の擁壁。当時からあるとすれば 隧道を出た列車は道路をオーバークロスする形だったという事になります。
ただこの界隈は 京津線、道路ともに付け替えされているので、もしかすると旧線開通当時の擁壁ではないのかもしれません。
住職さんは隧道を出た線路は築堤を走る形だったとおっしゃっていました。

旧逢坂山隧道を出た旧線がどのような形でその先を進んだのか、まだまだ 疑問が残り その解明に胸が高鳴ります。




(いつもの事ながら、説明をして頂きながらの探訪会等の場合、そちらに気をとられ、画像が的確に撮れていません。毎回再度訪れる事が多いのはこのような私の無力所以です。)

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旧東海道線の擁壁は東海道をくぐる鉄橋の後だと思います。京津線は新線開通後にできたんですよね。今の1号線と同じところをはしって馬場までいって、そこから逆走するんですよね、機関車は付け替えなくて、バックで走ったのかな、石場の駅があるとは、駅のあとの積石てあるのかな。
[ 2017/09/04 17:20 ] [ 編集 ]

★そば打ちおじさん

このあたりの事については、まだまだ謎が多く、今また色々調べていました。
京津線は東海道本線の新線が出来る前に開通しているのですが、新線が出来る時に線路の付け替えをしています。
あのあたりの、地形と変遷を思うと寝られなくなってしまいます(笑)
私が幼い頃もまだ現在と違った様相を見せていたのでしょうが、日常的に行くような場所ではなかったのと、幼かったので まったくその姿を知りません。
「近くにいながら」「その時代に生きながら」という悔しい思いがあります。
[ 2017/09/04 22:33 ] [ 編集 ]

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