FC2ブログ







江若鉄道 <旧近江今津駅舎> (滋賀県高島市)

 大正・昭和の時代 湖西を走っていた私鉄「江若鉄道」
近江と若狭をつなぐという夢を乗せ、大正10年 三井寺下駅-叡山駅 開通、 昭和10年 近江今津駅まで全線開通、湖西の人達の足となり活躍しました。

 三井寺下駅の前で育った私は、空地の向こうに見える車両を見ていたし、踏切番の方がおられる踏切を通っていましたが、昭和44年 国鉄湖西線開通を前に廃線となりました。
それでも、私の通学路は長い間、レールのある廃線跡が続き、今もなお 浜大津~しばらくは廃線跡をたどる事ができます。

あれから50年。北への鉄路を夢見るも、叶えられずにいた 終着「近江今津駅舎」は その夢を忘れずにいようという思いを大切にそのままの姿で残っていてくれたのでした。

ここ1.2年解体の噂を聞くようになりました。そして3月はじめ、ついに新聞報道されたのでした。


江若鉄道の歴史を勉強中の 我が 鉄道歴史研究会メンバー。
唯一の駅舎をこの目で、今見ておかずにはいられない思いでいっぱいとなり、慌てて近江今津駅へと向かったのでした。

18030402.jpg



 JR湖西線近江今津駅から北西へ歩いて数分。

18030408.jpg

白いセンターラインが、線路を描かせてくれます。
江若近江今津駅舎は線路に沿って、この形で建っていました。
 

18030409.jpg
こちらは、駅の入口。

18030403.jpg
当時 北へと伸びていたのは、突当のある道。 道沿いには魚屋さん、八百屋さんなどがありちょっとした商店街だったというのは、やはり駅前風景です。




脇道に味のある旅館が見えました。
18030410.jpg

18030411.jpg
1人なら、勇気なく見るだけで終わるけれど、先生を始め何人かの方が旅館の方とお話しをしてくださいました。
終着駅だったこの地。北からバスで辿り着いた人達、これから北へと向かう人たちのために飲食店を経営されていたのですが、宿泊を必要とする人が増えやがて旅館へとなっていったのだそうです。
江若全盛期の頃から、現在まで営業されているので、多くの資料やお話しを持っておられるようでした。
次回は、じっくりとお話を聞かせて頂きたい、欲を言えば研究会のメンバーと宿泊などできればいいかと思うのでした。


南へと足を進めましょう。
18030412.jpg

18030413.jpg
廃線跡が道路となっています。
公園の方へと線路は移動しているよ。。とは 詳しい方からの説明です。




18030414.jpg
そして、橋梁跡。橋台。

18030416.jpg
その先に伸びるのは、まさしく廃線跡。
あまりに綺麗にわかりやすく残っていて、ゴトゴトと揺れる列車が見えるようです。

18030417.jpg
振り返ると、確かに公園を横切るように線路があった事がわかります。







18030419.jpg
湖西線をサンダーバードが駆け抜けていきました。
50年の月日の対比です。。


駅舎も、廃線跡も、橋梁跡も、ずっと残っていて欲しい。





18030406_s.jpg 18030407_s.jpg


関連記事
[ 2018/03/27 23:17 ] ▼廃線・未成線 江若鉄道 | TB(0) | CM(2)

近江今津駅の駅舎がなくなるのですか、残念ですね。私は廃線の1年くらい前かな。木之本からバスにのって近江今津までいってのりました。大きいホームもあって、線路もかなりありました。最近行ったのは何のときだったかな。歴史街道のとかな、今津駅から南に行って川までいってもどってきました。駅の人に聞いてやっとわかりました、Aコープの後だと。
わたしは毎日江若鉄道の三井寺下であそんでいました、機関庫にはいっておこられるし。駅のホームには立つなといわれるし。でも毎日楽しかったです。ゲームも、TVもない時代だったから、昭和の初めに建てられた本社もよかったです。いまはキリン薬局になっていますが。
[ 2018/03/28 21:46 ] [ 編集 ]

★そば打ちおじさん

廃線の一年前ですか。そば打ちおじさんも かなりの鉄道ファンでいらっしゃったのですね。
私はまだ鉄道に目覚めてはいないし、両親も廃線を気にもとめてなくて、いつの間に 伊庭善のところに列車が通らなくなったのか。。 毎日のように通っていたあの踏切がどのように変化していったのすら記憶になく、両親も注目していませんでした。
三井寺下駅辺りから 皇子山中学まで レールが残っていたのは知っていますが、伊庭善の手前から浜大津駅までいつ頃工事されたのでしょうね。友達の家は江若の線路で分断されていました。

女の子だから、江若の三井寺下駅には近づきませんでした。「江若に行ったらあかん あぶない」と両親に言われ、きちっと教えを守っていました(笑)
男の子はそれでも近寄るようで、学校でも男子だけ集めてよく注意されていました。
「観音寺、尾花川の男子だけ集まれ~~」って(笑)

江若は子供の頃の日常風景でした。
[ 2018/03/28 22:13 ] [ 編集 ]

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://michiyo0520.blog20.fc2.com/tb.php/4094-46dc4300