FC2ブログ







伊勢電気鉄道 廃線跡めぐりオフ会(研究会) 「高田本山駅」周辺 (三重県津市)

 唐突に2月に東京へ行った時の記事。感動の冷めやらぬうちにと思っていたのですが、途中 ボランティアライターをさせて頂いている“まちづくり大津”の方への投稿記事に時間がかかり、さらにその後 伊勢電気鉄道の廃線跡めぐりに参加させて頂きましたので、記憶の薄れないうちに、その様子を記事にさせて頂きます。



 Facebookで知り合った方との ご縁で近鉄のグループに入れて頂く事ができました。何度となく廃線跡ツアーにお誘い頂いたのですが基本日曜は休みでないのでなかなか参加することができませんでした。
念願かなってやっと参加。
ただ、三重県の鉄道網に関してはまだまだ疎く、廃線跡についても頭には入っていません。
帰ってから資料と写真と検索で行程と場所を確認です。事後研究です。

「伊勢電気鉄道」は大正から昭和初期、三重県地方を中心とする路線を保有した鉄道会社。
伊勢神宮への直通路線を建設しましたが、過剰投資によって最終的には経営に行き詰まり、破綻しました。
江戸橋以北の路線は現在近畿日本鉄道(近鉄)の名古屋線・鈴鹿線ほかとなっているのですが 伊勢線として残った江戸橋以南の路線は廃線となり今も遺構がたくさん残っています。

津駅集合。
早速、鉄道ファンらしい領収書を受け取ります。
そうです。このツアーは 鉄道ファン、特に廃線跡好きのグループのツアー。
何度か参加させて頂いていますが みなさんの熱心さ、知識の豊富さ、探求心の鋭さには驚かされます。
ガイドの方のお話もさることながら、参加者のつぶやきにも耳を傾けていれば、どんどん情報が入ってくるのです。

19031525.jpg




廃線跡めぐりは、天候の都合で順不同となりましたが、混乱するので北から南へたどって行きます。
伊勢電気鉄道の知識、土地勘がないので間違いがあるかもしれませんので、お気づきになった方は教えてくださいませ♪


江戸橋駅は現在の近鉄江戸橋駅付近にあり、その遺構の一部は江戸橋駅構内に残されているようです。
さらに江戸橋駅の北1.7キロあたりに「高田本山駅」(開業時は一身田町駅)がありました。
バスで少し移動、高田本山駅に向かって歩きます。

19031501.jpg
「すでにこの高まりが、廃線跡そのものですよ」とのお言葉。

こんなにわかりやすい形で残っているものなの?と驚いたのは早い。。 この後、これでもかというほどの遺構に出会う事になります。


煉瓦積の橋台が田んぼの中に人知れず残っていました。
19031502.jpg

19031503.jpg

19031504.jpg

19031505.jpg



19031506.jpg



さらに廃線跡は北へ向かって伸びています。
19031507.jpg


画面中央右に見える白い建物は中部電力一身田発電所。 「高田本山駅」のあった場所で、線路は少しカーブして駅に入るようになっていたようです。
19031508.jpg

【高田本山駅跡】
19031509_201903221151413ee.jpg
高田本山駅跡に建つ 中部電力一身田発電所




さらに進むと、煉瓦積のしっかりした橋台がありました。
19031510.jpg

19031511.jpg

19031512.jpg

19031513.jpg

19031514.jpg





さらに橋脚の残る川は志登茂川です。
【志登茂川橋梁跡】
19031515.jpg

19031516.jpg





19031517.jpg

19031518_20190322120337645.jpg



さらに横川まで進むと、橋脚の撤去された跡が覗いていました。
海に近いので満潮干潮で見え方が違うのだそうです。


19031519.jpg


【横川橋脚除去跡】
19031520.jpg




とてもわかりやすい廃線跡が、初春ののどかな田園地帯の中にそのままに残っている姿に、客にその強さを感じます。




以上の遺構はこの周辺ですが、場所の特定は出来ません。

19031527.jpg
地図の伊勢鉄道は廃線になった伊勢電気鉄道とは関係ありません。






関連記事
[ 2019/03/22 20:00 ] 伊勢電気鉄道 | TB(0) | CM(6)

伊勢電は小学1年の時に乗りました。どうしてそんな時にのったのか、一年下の近所の人と一緒に大津から鳥羽行の蒸気機関車が引っ張る汽車にのって、津に遊びにいっきました。その子は体が悪くって、夏休みに海に遊びに行きました。2週間ほど行きました。私は5日ほどいてたかな。その家のおばあさんが電車にのって伊勢神宮に行こうといって伊勢電にのったけど、よく覚えてないけど、松阪で戻った感じでした。でも近所の京阪石坂線よりはいい電車でした。関西本線の加太トンネルは煙が入ってきてこまりましたわ。津まではわりと早かったです。近鉄も今の京都線は奈良電で伊勢にはいってませんでした。国鉄ももっと関西本線に力入れてたら、京都から鳥羽までもっと流行ったのにね。
江戸橋から松阪まで最後は走ってたのですね。でも伊勢湾台風で廃止になったのかな。でも川を渡る鉄橋は道路になっていたのは。20年前に始めて知りました。
[ 2019/03/23 22:24 ] [ 編集 ]

Facebookの記事も読みました。アップロードの仕方、何か工夫ができないのでしょうかね。プレビュー的なテキストが延々と続くのは読みづらいですね。
さて、伊勢電とはまたマニアックな・・・。そして、とてつもない量の廃線跡が今でも残っているのですね。
もっとも、江戸橋以北は近鉄がそのまま引き取ったものの、規格が低くて高速運転に耐えられないので、あちこち短絡線を作ったためにできた廃線跡のはずですが。
いずれにしても、生まれ故郷の名古屋に近いところですし、興味がありますね。
[ 2019/03/28 23:34 ] [ 編集 ]

★そば打ちおじさん

そば打ちおじさんが、そういう時代を知っているなら、そういう時代がそんなに遠くないって事。私ももうちょっと10年20年早く生まれていたら、そういう風景を日常的に見られたって事で、意外に近い時代の事なのだなぁって思います。
いつも話ますが、走っている蒸気機関車を見たのは一度だけ。 大津駅で下車した列車が通り過ぎる時、煙をあげていた。。 それだけの記憶です。 
京阪電車の線路を使って、江若が国鉄の膳所駅まで行っていたという風景も、一度も見たことがなく、「もう少し早く生まれていたら。。」とばかり思います。
[ 2019/03/29 22:12 ] [ 編集 ]

★karesansui さん

karesansui さん。いつも見て頂いてコメント頂いてありがとうございます。
こういう記事を書くときは、やはりブログでないと。。とおもいます。
それと、Facebookのように新しい記事、コメント・「いいね」がついた記事が上にあがる方式は、刹那的な感じがします。
だから、使い分けています。

江戸橋以北はかなり手が加えられたという事でしょうか?以南も同じくになります?

机上の廃線跡めぐりだけでは、イメージができにくく、また土地勘のない場所は特にわかりにくいので、それなりの予習をしてから、こういうツアーに参加して、復習をすると とても面白いと今回実感しました。
学校の勉強もこんな感じで面白さがわかっていたら、今頃こういう生活ではなかったかもしれません(笑)

今回のツアー以南のツアーが3/31にあるのですが、参加出来なくて残念です。
[ 2019/03/29 22:25 ] [ 編集 ]

江戸橋以南は元々近鉄の路線が別にあったので、伊勢電から近鉄伊勢線になって廃止された部分ですね。
なので、付け替えではなく単に廃止にしたというだけだと思います。
廃線跡は大半が近鉄道路と呼ばれる道路になったみたいですね。
[ 2019/03/30 01:47 ] [ 編集 ]

★karesansui さん

ありがとうございます。納得です。
江戸橋以北はかなり手を加えて使われていると言う事になりますね。
昨日からありがとうございます♪
[ 2019/03/30 21:37 ] [ 編集 ]

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://michiyo0520.blog20.fc2.com/tb.php/4216-b5878f50