FC2ブログ







ミニ企画展 江若鉄道 (滋賀県大津市)

 江若(こうじゃく)鉄道は1921年 大津市の三井寺-叡山間で開業、1931年に浜大津-近江今津間で全域が開通しました。
幼い頃 三井寺下駅の近くに住んでいた私は 江若の走る姿を 親に連れられ買い物に行く時、幼稚園、小学校、銭湯へ行く時等、日常的に見ていました。
1969年、小学校5年の時 湖西線の建設に伴い廃線となりました。
当時、まだ鉄道には目覚めていなかったし、廃線跡に興味があったわけでなく、線路がいつ撤去されたか、遮断機がいつ撤去されたのかも記憶にありません。
きづいたら三井寺下駅の構内跡はガランとした広場になっていて、建物だけが残っていました。
自宅から皇子山中学を行く線路は撤去されずに残っていて 線路の上を、平均台に見立ててキャッキャッ騒ぎながら通いました。
幼い日の日常風景だった江若の走る姿は、幼い日母と過ごした日々情景とつながります。
過去2回開催されてきた、大津市歴史博物館での江若関連の企画展は、とっぷりと思い出に浸らせて頂きました。


そして今回の「江若展」は、びわ湖鉄道歴史研究会が協賛。 私など、何もしていませんが違った形で寄り添えるようになった事に喜びを感じています。


19090107.jpg

19090101.jpg

19090103.jpg

19090104.jpg

19090105.jpg




11月4日
「江若鉄道元社員の方々との廃線跡ビデオ探訪と座談会」を開催します。
申込不要、入場無料。
ご興味のある方は是非足をお運びくださいませ。。



19090106.jpg
関連記事
[ 2019/10/11 22:02 ] ▼廃線・未成線 江若鉄道 | TB(0) | CM(2)

廃止されたのは昭和44年です。廃止だといわれても、その時はあんまりたいそうに考えてなかったです。もう会社に勤めていて、新しく国鉄の線路ができるということで、カメラ(オリンパスペン)もあったんけど、写真もとっていません。やはり住民に国鉄が開業するということで期待をもっていました。どうしてかというと運賃がやすくなるということ。日本1高い運賃だといわれていました。親戚が下阪本にあって、江若の駅から500mぐらいでしたが、乗らずに、京阪石坂線で穴太からてくてくあるきました。親戚の家は湖西線と161号線にかかってもうないです。江若が横をとっていたので、いつも見てました。踏切は止まれだけあって、無防備でしたわ。
小学生のころは三井寺下の駅まえで、野球ごっこをしてました。車庫もかなり入って江若の人の怒られて。でもあの頃はたのしかったです、子供も多かったし。ちょうど給油所のところでしたね。枕木が立っていてその間から抜けて、線路の中を通って観音寺に行きましたわ。観音寺の家のない所は何だったのか、いまだに不明ですわ。
[ 2019/10/12 21:59 ] [ 編集 ]

★そば打ちおじさん

お返事遅くなってしまったごめんなさい。
観音寺の広場は本当に不思議な空間。 歴博の航空写真を拡大して見てみると、江若の線路に向かってトラックが入っていってる写真があって荷物の積み下ろしはあったようです。
父はおそらくあの広場を通って三井寺下駅に行って 堅田まで通勤していたのだろうと思います。

中保町に友達の家があって、裏へ進むとすぐに線路脇で列車がすれすれに走っていました。
その向こうに、友達のおばあちゃんちがありましたが、線路脇に人が歩けるようなスペースが浜大津あたりまでずっとありました。
列車がこない時に、おばあちゃんちに行く。。 そんな感じで、踏切があるとかないの問題でもなかったです(笑)

幼い時の風景には日常的に江若があるのに、特になにも思ってなくて、廃線になってからどのように線路が撤去されたかも興味がなく。。残念です。 今なら毎日見に行きます(笑)
[ 2019/10/23 17:47 ] [ 編集 ]

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://michiyo0520.blog20.fc2.com/tb.php/4324-ac7c6792