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旧東海道 逢坂の関 (滋賀県大津市)

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浜大津から京阪電車京津線の路面電車の横を京都に向かって歩くと、やがて国道1号線と161号線が合流し、交通量の多い道路になります。
歩道はありますが、滅多に人が歩くような事はないところ。

でもここ、かつての「東海道」でした。


「これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関」 蝉丸

今、その頃の風情の残るお店などは少ないのですが、道路沿いにはお寺が残っています。

京阪電車「上栄町」で下車して京都よりに少し歩いた所にあるのが「関蝉丸神社」
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京都の「車折神社」は駅を降りて2秒?のところにその鳥居がありますが、こちらの神社は線路のところに鳥居があります。


さらに歩き続け、「大谷」駅の手前には「蝉丸神社(中社)」がありました。
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交通量の多い国道を退屈しながら歩いていると見えるのがここ。
「月心寺」
電車から、車から、見える行灯と、風情ある雰囲気がずっと気になっていました。
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広重の東海道五十三次の絵に描かれているのがこの茶店。
茶店のあと住む人もなく荒廃していたのを、大正時代の初めに日本画家の橋本関雪(はしもとかんせつ)が朽ちるのを惜しんで自分の別邸にし、その後月心寺となったのです。
拝観は予約が必要で中に入ることはできませんでしたが、外から見ても紅葉の季節の美しさは素晴らしいだろうと思わせてくれるお寺でした。
参考 → 月心寺 滋賀県観光情報
     くま先生の滋賀と沖縄が大好き!「月心寺 村瀬明道尼の精進料理をいただく 滋賀県大津市」 



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このあたりは、「大津算盤」「大津絵」「針」「走り餅」の発祥地。
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今はもう、歩く場所ではなくなりましたが、今もなお 交通の要所です。

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関連記事
[ 2007/10/28 15:00 ] ---まちあるき--- 滋賀県 | TB(0) | CM(7)

ウィキペディアによれば、昭和7年まで追分-大谷間は(今の車が行き交う通りからは想像し難いですが)併用軌道(=道路の上を電車が走る、浜大津周辺のような感じ)だったそうです。
この前、江ノ電(4両もの電車が路上を走る関東唯一の私鉄)に乗ったのですが、その併用軌道の区間(腰越-江ノ島)と同じような感じになってたんでしょうか・・・。
[ 2007/10/28 18:23 ] [ 編集 ]

月心寺の精進料理は一度いただいてみたいなあと、ずーっと思ってます。でも機会がなかなかなくて。
[ 2007/10/28 21:46 ] [ 編集 ]

★karesansuiさん
おひさしぶりです。

そういえば、そのような絵を見たことがあるような気がします。
上栄町、大谷、追分。JR大津駅。
あの周辺は変遷があるようで、何度読んでも頭が混乱してしまいます。

江ノ電。
冬の青春18切符で訪れて乗ってみようかと考えている場所です。

★もちやさま
結構なお値段しますものね。

私はまずは拝観からです。。
[ 2007/10/28 22:12 ] [ 編集 ]

追分けのこの辺り、以前京阪に乗って
よく通った場所です。
山あいの道が、少しだけ昔の雰囲気を
伝えてる感じがします。
[ 2007/10/28 22:58 ] [ 編集 ]

★一休さん
JRではトンネルを長い距離走るからなのか、山越えの感覚がないのですが、このあたりは電車に乗っていても、カーブが続き、坂道が続き。。 

昔の人々が歩いた道を今もみんなが通っていると言うのは、嬉しい事です。

やっと、今日から「広島シリーズ」始めました。。♪
[ 2007/10/29 21:44 ] [ 編集 ]

そうそう

この感じですよね。
「歩道はあるけど歩けるようなとこじゃない」って感じ。

たぶん、日本人なら誰でも、歴史か古文で習って一度は耳にしたことのある地名・・・自動車が行き交い、ある意味 現代の交通の要衝といえるのかも知れませんが、もうちょっと日本人の記憶に配慮が欲しかったな・・・と、歩いてみて思わずにいられませんでした。

木津という、京都府の南のはずれに住んでいたとき、奈良、平城京へ抜ける「歌姫街道」という古道をよく車で通ってました。入江泰吉さんの写真や堀辰雄さんのエッセイなんかにも登場する街道ですが、周りは宅地化されて、昔日の面影は失われていたと思います。でも、幸か不幸か、幹線道路からははずれているため、道幅は拡張されずに、昔のまま・・・なんとはなしに万葉の気分が味わえる道でした。

あんまり道幅が狭すぎて、一度、側溝に脱輪したことがあります(笑)
まわりの方々に、車を持ち上げてもらいました。
きっと、よくあることなんですね(冷汗)
[ 2009/09/12 18:44 ] [ 編集 ]

★dendoroubikさん

 このあたりを歩いた時、リュックを背負った中年のおじさんが一人で歩いておられました。
きっと「旧東海道」を歩く旅をされているのだろうと思いましたが、とても気の毒な気持ちになりました。
私など地元民だから仕方ないですが、もしも日本橋から歩いてこられているのなら、本当に申し訳ない。
「こんなところですみません」って気分でしたよ。
 とても人の歩くような道じゃない、もし歩いているとしたらやっぱり「旧東海道」を意識している人くらいでしょ(汗)
それに途中、「かねよ」さんの辺りにそれるのが正式だと知り、迂回しようとするのですが、とてもとても交通量が多く横断も危ないんですよ。
「蝉丸神社」辺りもそうです。
折角 東海道終点間近なのになんとも風情がなく残念です。

細く、緩やかに弧を描く街道。傍らには神社があり、古い民家やお店がある。。
そんな風景が続いていて欲しいものです。


 
 何年も、あちこち歩いて、ブログを続けていると、記事にしているかしていないかもわからなくなってしまうんですよねぇ。
確か。。と思いつつ検索ワードが違っていて見つからない。。 再度記事を作りながら検索すると自分のブログに遭遇して 「やっぱり記事にしてたやん」と気づく。。
これも変な話です。。(汗)

 それにしても、4枚目の写真は笑ってしまいました。(笑)

 この周辺記事についてはこちらも参考になりますね → http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Desert/9525/sanpo11/sanpo11.html
[ 2009/09/13 09:55 ] [ 編集 ]

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